波類間ユンタ  

小嶺の語る話 

 すぐ隣の島には狼煙台があり、船が近づくと知らせが来る。
「首里船が来るぞ!」
 表で口々に叫ぶ声がしていた。
 私は急いで船着場に駆けつけた。 そこには既に、島の女らが十人ほども並び、手巾を打ち振りながら踊っている。 何でも気がつく地主百姓のジラーが命じたのだろう。

 間もなく、若い耕作筆者もやってきた。
「今度の与人主は、もとは楽童子の与那城ゆなぐしく 里之子だそうですよ。 城女たちに騒がれて大変だったという。  小嶺殿は城にいたんだから、見かけたこと、おありですよね?」
 私の横に並んだとたん、丸い黒い目を輝かせて話かけてくる。

「楽童子か。 いや、知らんが」
 興味もない。  若者は、得意そうな顔をして言い出した。
「清国からのお使節の前で踊りを披露して、大評判だったそうで」
「そうなのか?」
 耕作筆者は、「御存じない? 同じ首里にいらしたのに」と呆れながら、さらに説明してくれた。

「使節に気に入られすぎて、帰国するときに連れ帰られそうになったとか」
「使節って、そりゃ男だろう?」
「そう、男ですよ。 もっと大変だったのは、薩摩在番(総督府)の侍だそうで」
 耕作筆者はくすくすと笑った。
「在番の仮屋敷に呼ばれていって、踊りを披露していたんだそうです、それも、泊り込みでね。 返してもらえなかったらしい。 薩摩の侍は女郎よりも、清らな若衆がお好きらしいから」

 私は「つまらん噂だ、与人の前では口にするな。 首が飛ぶぞ」とたしなめた。 耕作筆者は、不満げに黙り込んだ。

 楽童子というのは、歌舞音曲、詩文や書の素養に至るまで、王府で最も優れた若者たちだ。 門地も高い。将来は奉行はおろか三司官も狙えるところにいる、選ばれた者たちだ。 薩摩在番仮屋などで女郎のごとき真似をするはずがない。
 そんな噂が出るほど、姿が清らである、ということなのだろう。

(しかしその貴人がなぜ、八重山に来るのか?)
 身分から考えて、おかしいではないか。
 それに、こちらも困る。
 踊りの名手であっても、それがこの島でなんの役に立つ。 ここは、八重山きっての荒々しい土地柄だ。
 与人職が、そんなものに、勤まるはずがない。
(迷惑だ。 お荷物は要らぬ)
 半分はひがみもあっただろう。 お上品な城女(女官)たちは、いかつい私など鼻も引っ掛けなかった。 男らしく良い顔といってくれたのは、妻が最初で最後だった。

 私の感傷には関わりなく、船はこちらに近づいてくる。 風向きが悪いらしく、帆が遠くに見えてからが長かった。 照りつける太陽から木陰に逃れていたが、誰も彼も暑さに耐えられなくなった頃、ようやく船がついた。
甲板と船着場を渡した板の上を、静かに人が歩いてくる。

 その与人は背が高く、細い腰に黒い帯を締めて、白い扇子を差していた。
歳のころは二十歳ばかり、目鼻立ちは刀で切り取ったように厳しく、冷たく整っていた。 反感も覚えようがないほど整っていた。

 もっとも特徴的なのは、目だ。 清国の人間でもあまり見ないほど切れ長の目で、私を見据えた。 私は、その場で動けなくなった。
 影を縫いとめられたように、手も、足も動かせない。
まるで蛇に睨まれた……。
 それより私が戸惑ったのは、その血のように赤い冠と、美しい肌の色、そして染められた指先だ。
 色が見える。
(何故色が見えるのだ)

 妻を亡くして以来、灰色の世界で住んできた。 私には、世の中の色が一切わからないはずなのに、この与人だけは、鮮やかな色を纏って見えた。

「あなたが目差(みざし)(村長の補佐役)か」
 男は、問いを発してくる。 よく通る声だった。
「名は?」
「は、はい、小嶺ともうします。 与那城里之子、何なりとお申し付けください。 」
「よろしく頼む。 ところで、我が名は与那城里之子久長だ。 数えで22で、ようやく元服を許された」

「よきお名前を賜りましたな」
 里之子は上役であるから、愛想の一つも言わねばならない。
 すると与那城主は、「わが童名(わらびな)思左(うみざ)だ。 お前の童名は?」と言った。
 私は、困惑して眼を伏せた。 与人主の心を計りかねた。 上役と、童名で呼び合えるはずがない。 それは家族、そして仲間だけに許されることだった。

波類間ユンタ3
ワカモノ小説

すだちペッパートップページ 2007/02/16