波類間ユンタ

3
小嶺の語る話 

 初対面の上役に、童名を教えられた。 しかも私の童名も問われた。 これをどう解釈すればいいのか、好意なのかそうでないのか、皆目見当が付かぬ。
 黙っていると、与那城どのは再度促した。
「小嶺どの、お前の童名を聞きたいのだが」
 何故か知らぬが、顔に血がのぼり、 額から妙な汗が噴出して来た。 私と童名を教えあって、どうしようというのだ。

『ウミザ』『カマデー』と童名で呼び合い、睦み会おうとでも言うのか?
(わしと衆道の絆を結びたいというのか?)
(勘弁してくれ)
 いくら清げなる顔をしていても男は男だ。 おなごより若衆が好きだという薩摩武士なら、喜んで飛びつくかもしれないが。
 狼狽の余り、私は聞こえなかったフリをした。

 しかしこの与那城どのは、問いを重ねた。
「もしや童名がないのか?」
 だんまりは通らないようである。 私は観念するしかなかった。
「カマデーでございます、与人主」
 すると与那城どのは、おっとりと答えた。
「小嶺どの、私は八重山の仕事は始めてだ。 迷惑をかけるかも知れぬが、どうかよろしく頼む」
 それで終わりだ。
 ほっとしたとたん、腰が抜けそうになった。 とりあえず、身の危険はないようだった。 私が自意識過剰なのだろうか。

 しかし、この上役は変わり者だ。 とっとと屋敷へお連れし、放り出して村の見回りをせねば。 こやつ、いや、この方が、良家の馬鹿息子であるなら、部下である私がしっかりしなければ。
「与人主、お屋敷は直ぐにも使えるようにしています、こちらです」



 与人の屋敷は、村のほぼ中央にある。
屋根こそ茅葺だが、太い柱や梁を使い、頑丈に作られていた。 古い建物ではあるが、まだ立派に使える。 石を積み上げた塀は頑丈で、中庭も手入れが行き届いている。
井戸の状態も完璧だ。

 つい数日前にも、しっかり掃除をさせておいたところだった。 前任者がこの屋敷で亡くなってしまったが、そんな不吉な影は見当たらないように、抜かりなく整えた。
だが与那城どのは、なかなか家にあがろうとはしなかった。 中庭への目隠しにしている石塀の前で立ち止まり、屋根を見上げたり、辺りを見回したりと、どうにも挙動不審である。
「どうしました? 御気分でも」
 すると上役は私を見上げ、「塵一つない。 ここは目差主が整えて下さったのだな。 かたじけない」と労って下さった。

 家に入った与人は、厨の柱の横で、ふと身をかがめた。
「これはなんだと思う?」
 白い指で、柱を示された。 なるほど、柱には小刀で切りつけたような跡がある。 それも水平に何本か並んでいる。
「申し訳ありません、気づきませんでした。 早速削らせましょう」
 だが与那城どのは、「その必要はない」と答え、また柱を撫でた。
「これは子供の背丈を刻んだものだ。 ……少しずつ高くなっているだろう?」
 私は柱の傷を見直した。 一番低いところで2尺あまり、そして一番高いところは3尺ちょっとくらいだから、赤ん坊が立ち上がったときに刻み始め、それから何年か記録したのだ。 その子が少しずつ成長する様を。
「ほら、傷が3尺5寸で終わっている。 つまり子供はそのころに、この家から去ったのだろう。役人の子だ」

「前の与人どのは、一人もお子様は居なかったですから、昔ここにいた方のお子様かもしれませんね」

私は婉曲にそう言った。この家は、役人しか使わない。そして役人は、正妻や嫡子を伴ってここに来ることはなかった。
柱の傷で成長を記録された子供は、「うやんま」の子だ。父親が首里へ戻れば、すなわちウヤンマ(島での妻)と子供は、この家を出なければならなかったのだ。 役人が、うやんまを連れて首里へ戻ることは、絶対にない。 かりそめの、儚い絆だ。
 首里の役人が捨てていく女と子供は、どこへ行ったのか。この島のどこかで、肩身狭く、ひっそりと暮らしているのか。 こういうものを見ると、何故か物悲しく、胸を締め付けられる。
 それでもなお、つけ加えずにはいられなかった。 与那城どのがあまりに愛しげに、柱の傷を撫でていたからだ。
「この子供は、親から宝のように可愛がられていたようですね」
「何故そう思う?」
「大切な柱に傷をつけるなど、うちの家なら考えられません。 私など柱といえば、悪さをして括り付けられた覚えしかない。 カマデー、しばらくそこで反省していろ! ですよ。 それで何時間も忘れられていたこともあります」

 与人主は、くすりと笑い、柱から手を放した。
「カマデーグワがどんな酷い悪さをしたのか、武勇伝はまたゆっくり聞かせて欲しい。 だが今は」
 疲れたから少し休みたい、とでもいうかと思ったが、そうではなかった。
「これから村を案内して欲しい。 今日中に、村全体を見ておきたい。 今すぐ、村の隅々まで見ておきたいのだ」
 存外に生真面目なのか。 ともかく、休むこともなく、村を案内して回ることになったのだった。

波類間ユンタ 4
若者小説
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2007/02/22