| 波類間ユンタ |
22
与那城の語る。
「おれに琉球の言葉で言うな。おれはわからん」
江戸言葉であった。滑らかな顔の、青白い男。だが目つきは鋭い。
「与那城里之子、お初にお目にかかる。坂口小太郎が弟、啓次郎と申す」
私は黙って頭を下げた。
小太郎の弟。啓次郎……。ようやく私を探し当ててくれた。この遠い八重山まで私を探しに来てくれた。膝の前に両手をついた。来るべきものは来た。
この日が来るのはずっと前からわかっていたのだ。
「あなたの兄上には、一方ならぬお世話になりました」
「挨拶は要らぬ。今日は折り入ってお聞きしたいことがあり、かく参上した」
「何なりとお尋ねください」
「貴殿は、兄と、兄の御同輩、両天秤にかけていたのか?」
はっきりとものをいう人だ。私は静かに首を振った。
「御同輩。亡くなった方のことでしたら、名前も知らぬ方でした。お話をしたこともございません」
「あなたは兄を盾にして生き残った。何故、切腹なさらなかった?」
それは、何千回となく自分に問いかけてきたことだ。私は、何故死なないのか。
小太郎が「生きろ」と言った。母に、一目でも会いたかった。
生まれ島に帰ってから死にたかった。だが一番大きな理由は、違う。私は薄く笑った。
「怖かったのです」
啓次郎の青白い顔に、さっと赤みが差した。こめかみに血管が浮かんでいた。
「兄の念弟の身で、兄だけを死なせて、それで平気なのか」
「念弟ではない。小太郎殿と契りを結んだことは一度もない」
「嘘を言うな、見苦しい!」
私は、ついていた手をゆっくり上げた。
啓次郎は、はっと身構えた。
「もしや、あなたの兄上と私が、睦みあっていたほうが嬉しかったのですか」
「無礼なっ」
小太郎はギリギリと歯を食いしばった。もっと怒ればいい、怒り狂えばいいのだ。
「私を、お斬りなさい。そのためにお越しになったのでしょう」
啓次郎は蒼白な顔で、手を脇差に泳がせていた。だがその手はぶるぶる震えても居た。なぜこんなことになったのか、と言いたげな、怯えた目をしている。
「そんなに死にたければ斬ってやる」
口ばかりは勇ましく、手は震えながら脇差を探している。
「思左」
突然、小嶺が私を押しのけた。坂口啓次郎の前に立ちはだかり、中腰になっている。
今の今まで、その存在すら忘れていた……。
啓次郎が「どけ、小者!」と怒鳴った。手を脇差の柄に置いている。抜き打ちざまに斬る構えだ。
「控えろ小嶺。これは私の問題だ」
小嶺は返事をしない。ただ屈強な背中を私に向けたまま黙っている。前に出ようとすると、脚と肘で阻まれた。
「お願いだから、どいてくれ、カマデー」
後ろから玄庵が「惚れた弱みですな」とよけいなことを言った。
「おれの兄を食ったあとは、この猪か。おれの兄はこのような者のために死んだのか」
啓次郎が傷ついたように呟いた。
「せめて貴殿が……出家とまでは言わんが、せめて兄の菩提を弔っていてくれたら、おれは……」
そういうと肩を落とし、別れも告げずに出て行った。
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2007/11/1