| 波類間ユンタ |
23
小嶺の語る。
物騒なヤマトの客らが去った直後、私たちは寺を出た。
真昼間なら曲者どもも襲って来るまいと踏み、与人を背負って、通行人に見られながらの暴挙だった。
とにかく、一日も早く波類間へ帰らねばならない。だがそれから数日間、荒天が続き、足止めを食らった。晴れているのに、風が極めて強い。無理をして船出すれば、僅かな距離でも遭難する恐れがあった。
「何日も御用を放り出して、臥せっているのは申し訳ない」
与人は島のことを心配していたが、島にはしっかりした耕作筆者も、悪人ではあるが、やり手のジラーも居る。私が心配なのは、与人の身の安全のほうだ。
一度目は、進退窮まって、与人を殺して操を守らせようとした。助かったのは与人の機転によるものだ。
二度目は敵が戦意をなくしてくれた。次に何が来るにしろ、二度と醜態を晒したくない。
私は、宿の主を相手に庭で棒を振り回し、勘を取り戻そうとした。この宿主は、棒術を鍛錬することに余念のない、血の気の多い男だった。使う棒も特別な仕立てのもので、外は木と見せて、内部には鋼の芯が仕込んである。ある程度なら、刀に対しての防ぎとなるだろう。
風が和らいだ午後、ヤマトの侍などではなく、頭職の妾が尋ねてきた。良家の妻女は、めったに外を出歩かない。それが白昼堂々、妾の身とはいえ、他家の男の宿を訪ねてくるとは、尋常ではない。
「与人様にお会いしたいのですが」
女は大柄な体に、絣の着物をゆったりと羽織っていた。
「今、臥せっておりまして、見苦しいところをお見せするわけには」
失礼だが断ろうと思ったのである。頭職の妾は、「どんなお姿でも見苦しいなどとは思いませんが、お加減が悪いのなら、無理にとは申しません」と答えた。
(もしやこの女、先だっての宴席で、与人に岡惚れをして追ってきたのか)
そんな疑念が頭を掠めたが、女は至って穏やかであった。
「お渡ししたいものがあるのです」と言うと、藍色の風呂敷を開いた。現れた木箱を開けると、色あせた花飾りが見えた。
樟脳の香りが部屋に漂う。古いものなのだろう。
「これを思左さまにお返ししたくて参りました」
「は?」
「お小さかったので覚えていらっしゃらないでしょうね。長々お借りして申し訳ありませんでしたと、守り姉のウサーが謝っていたと、そうお伝え下さいまし」
「守り……姉?」
女は「はい」と微笑んだ。
「生きていたのか!」
「ご加護がありまして、ええ。生きながらえております」
なんということか。私は与人の臥せっている離れに飛び込み、「与人、あなたの守り姉が生きていましたぞ!」と叫んだ。
与人は既に床の上に起き上がっていた。
「聞こえていた」
そういうと、私の背後に佇む女を見つめる。
無表情ながら、青ざめていた顔が紅潮している。女はやわらかく微笑んだ。
「思左様。ウサーでございます。この間ご挨拶したかったのですが」
与人は顔を伏せ、「すまぬ」と深く頭を下げた。
「あれまあ!」
女は慌てて駆け寄って、与人の手を取った。
「そんなことをしてはいけません」
「ウサー姉は、私の身代わりで、海へ流されたんだ」
中年過ぎた守り姉は、子供にするように与人の頭を撫でた。
「ウサーはね、不思議なご縁で、今の主人に拾われて、このように息災にしております。謝るのはウサーのほう」
「何を言っている?」
女は視線を外した。
「お母様はお元気でしょうね」
「いや、ずっと前に世を去っていた。死に目には会えなかったが、これも運命だろう」
頭職の女は衝撃を受けたようだった。
「では兄は」
「元気だ」
「あの、何ぞ失礼なことをしておりませんか」
「あるはずがない」
与人はそう即答した。私が「与人主」と声をかけると、何も言うなというように首を振った。
「ジラーは村のために尽してくれている」
ウサーは私と、与人を見比べて、「バカな兄さん」と肩を落した。
「兄に心を許してはだめです。あのツカサのお告げは兄が仕組んだこと。思左さまを殺すためにです」
与人と私が息を詰めて聞き入るのを前にして、妾は一人、話し続ける。
「兄が神司を脅しているのを聞きました。言うことを聞かないと、生邪魔を送って殺してやるとね」
与人はぼう然と呟いた。
「覚えていないが、私は殺されるようなことをしたのか? 私がなにをしたのだ」
「何も。兄はウターさまが好きだったのですよ。与那城の旦那様に妬けたのでしょう。ですが、兄の考えていることはわかりません」
そこまでわかっているのなら、もはや隠し立てすることもない、と私は判断した。
「この間、与人は生邪魔を送られた。確たる証拠がないから何ともし難いが、このままでにはしておけぬ。黙っているとわれわれも後でお咎めを受けることになる。これ以上何かあれば、証拠を集めて、ジラーを断罪せねばならん」
妾は身震いをした。
「どうか兄にお伝えくださいまし。ウサーは生きていて、ずっと案じていたと。もう恐ろしいことは止めてくれと言っていたと、お伝えくださいまし!」
女は、手巾で何度も目を押さえた。ジラーは憎いが、妹は何の罪もない。それからいくらか落ち着いて、夕暮れまで話して、帰っていった。
しばらくして夕餉をお持ちすると、与人は庭を眺めていた。その視線を追うと、蜘蛛の巣だろうか、中空に大きな蝶の羽が一枚、ゆらゆらと揺れて、薄暮に浮かんでいた。
それを与人は、じっと見つめ、「蜘蛛も阿漕な。食うなら残さず食ってしまえばいいものを……」と呟いた。
私は、そっと障子を閉めた。死んだ胡蝶の残した美しい羽など、あまり気味のいいものではない。
しばらくして与人が呟いた。
「ウサーの兄を、罰せねばならないのか?」
「何もしなければそのままです。ですが、恐らくこのままでは済まないでしょう。帰ったら私の宿舎へ移ってください。今のお屋敷には、留守中、何ぞされている恐れがありますから」
与人は静かに目を伏せた。
「私には誠がないのだろう。人に迷惑をかけ、大事な人を犠牲にして生き残って……」
「誰だって生きたいのです」
「……私は、死ぬのが怖いだけだ」
私は与人の肩を抱いた。与人はそっと逃れようとしたが、許さなかった。
「里前は、大和の侍ではない。やたらと死にたがる侍の真似など、する必要はない」
「放してくれ」
「放しません」
あの坂口啓次郎の怒りの前に、無防備に身をさらしていた与人の姿が、目の前にちらついた。
死んだ坂口に心を取られたまま、今度は坂口の弟に殺されたがっている。
「あなたをお守りする。誰にも手出しはさせない。どうしても守れなければ、私が
「怖いな。お前のほうが大和侍よりよっぽど……」
与人の薄い唇を手のひらで覆った。その唇がかすかに開いて、動いたのは、(やめろ)といったのだろうか。湿った舌が私の手のひらを濡らした。
直ぐに欲情に火がつき、止められなくなるのは、嫉妬のせいである。
私は与人を膝に抱え上げ、寝巻きの裾を捲り上げた。幾分痩せてしまった太股が剥き出しになる。
膝の上の与人の尻から、熱が伝わってくる。体をすり合わせているだけで、凶暴な欲望がきざしてくるのである。
膝の上に乗っている与人が、気づかないはずがない。
「やめろ、カマデー」
与人は、身をよじって逃げようとした。私はその腰を掴んで引き戻し、布団の上で馬乗りになり、肩を暴いた。腕の間から与人が私を見上げ、「私を今殺すつもりか」と問うた。
「お望みなら」
そう答えて、私は与人の肩に歯を当てた。
優しくするどころか、与人の口の中に指を突っ込み、薄暮が暗闇になるのも知らず、腰を掴んで犯したのである。
波類間ユンタ 24
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2007/11/11