| 波類間ユンタ |
25
小嶺目差の語る
私たちが波類間に戻ると、耕作筆者が一番、大騒ぎであった。
「遅いですよっ、与人どの、目差主! 心配したじゃないですか!」
捨て置かれた犬が飼い主にじゃれ付くように、私たちの周りをうろうろするのである。
「どうした筆者、一人じゃそんなに大変だったか?」
すると耕作筆者は、与人と私を交互に見ながら、声を潜めた。
「百姓どもが私一人だと舐めてかかって、怠けるから。もう怒鳴りすぎて声が枯れましたよ。おまけに『
「泣き言はいい。他に何か変わったことがなかったか?」
私はたまりかねて、筆者のおしゃべりをさえぎった。
「実は、唐芋の葉に、見たこともない虫が湧いております。食い尽くされた畑もあります。気をつけてはいたのですが……申し訳ありません」
「それをさっさと言わないか、愚か者!」
私たちは早速、虫の害にあった畑へと急いだ。無残な光景が広がっていた……。食い散らかされた芋の葉は、茎を残して全滅である。これでは芋は太らない。
「ご覧下さい、この虫ですよ。こんなに超え太って!」
筆者が憎憎しげに言うと、這い回る虫を踏みつけた。実に禍々しい色の芋虫であった。
「与人主に浜下りをして、穢れを祓っていただくしかありません」
浜下り。通常は女の節句の習慣だ。
だがこの島では、男も浜に下りる。しかも三月三日に限らず行う。
このとき、与人が初めて口を開いた。
「確かに私は穢れている。一度や二度、浜下りをしたくらいでは足りぬくらいだが」
筆者は赤面した。
「いやいや、滅相もない。そういう意味ではありません。村に変事があると、与人が、村人のために禊をして災厄をはらう、昔からの慣わしなのです」
「どうすればいいのだ」
「禊をしていただくときに、この虫を海の水に放ってください」
実に、困ったことになった。筆者はこのまま与人を海に連れて行きそうである。勿論、病み上がりの与人に、浜下りなどさせられない。
「拙者が代理でいたします。与人はお宿に戻って休んでいてください。病み上がりなのに、水に浸かるなど無理でしょう」
だが与人は、筆者と一緒に虫を集めるのを止めなかった。
「芋が不作だと、村のものは何を食えばいいのだ」
与人は私をなだめるように言うと、もう浜に向かって歩き出していた。
野良仕事をする百姓たちが、われわれに気づいて、畑の中で土下座をする。与人はまっすぐ前を向いて、海へ向かって歩いていくのである。夏の盛りの日差しの下を、笠もせずに歩んでいく。
その後を私と、筆者が歩く。
海は穏やかであった。この陽気で、水も温んでいるだろうか。
与人は、虫を包んだ手巾を抱えて、波打ち際に向かってすたすたと歩いていく。白い肌着が輝くようだ。一切が迷信であるにしても、与人がそれをするのは、十分に意味があることと思えた。
かくも
「与人の前ではいえませんでしたが、もっと不穏な噂があるのです」
筆者が無粋なことを言い出すまで、私は与人の後姿に見とれていたのである。
「どんな噂だ」
「芋に虫がついたのは、与那城どののせいだ。与那城どのが、この島に災いを呼んでいる、と」
「おろかな迷信だ」
「ええ、迷信ですが」
筆者は不安げに唇を噛んだ。
「とにかく、お気をつけ下さい。噂の出所を掴みますので」
「わかった。だがそのこと、もうしばらく、与人には言わないほうがいいだろう」
何処からかジラーが、ほくそえんで見守っているような気がした。私はふと不安になり、海のほうを見やる。
与人は腰まで水に浸かり、さらに沖へ行くようだ。何故無理をするのか。遠くまで行かれたら、と不安になる。
「わしにも心当たりがある。あとで話す。ここはわしに任せて、お前は村に戻れ」
私は着物と肌着をいっぺんに脱ぎ捨て、
「お待ちください、それ以上は危ないですぞっ」
与人は驚いて振り返る。
「熊が走ってきたかと思ったぞ」
毛深い私を、与人は(熊)と呼ぶことがある。そういう本人は、私とは対極にある肌の白さである。
肌に濡れた肌着が貼り付いて、肌色が透けている。腰周りの布がゆらゆらと広がり、下帯の紐が誘うように揺れている。脚の肉の色も、露わになっていた。
清らかに透き通る海の水は、何ものも包み隠してくれないのだ。
「足先を浸すだけでもよかったのに、無理をなさいますな」
与人は青ざめた頬で、かすかに微笑んだ。
「お前も少し煩悩を落せ」
「そう思って来たのです。ですが逆効果ですな。今のあなたの姿を見ると、煩悩がいや増すばかりです」
私は与人の耳元に口を寄せた。
「実に露わだ」
与人はくすりと笑った。
「素っ裸のお前が言うか」
私は、与人の手を取った。このまま下帯を剥ぎ取って、水の中で交わりたい。しかし、さすがにそれは罰当たりである。
「さあ、もう戻りましょう。もう直ぐ満ち潮になります。危険ですから」
海から弥勒を連れてくるように、手を引いて水から上がったのである。
波類間ユンタ26
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2007/12/28