27
与那城里之子の語る
私の宿に泊まった夜、今度は小嶺が高い熱を出した。それでも明け方には起き上がり、充血した目、青い顔をして、「見回りをしてきます」と言った。
額に触れると、かなり冷たく、汗ばんでいる。熱は引いているが、顔色は悪かった。
「浜下りをしたので風邪を引いたのであろう」
小嶺は、熱のためか、ぼんやりとしていた。
「風邪とは、面妖な。拙者、生まれてこのかた、熱ひとつ出したことがなかったのですが……」
「そんな人間など居るものか。風邪くらい誰でも引くさ」
宿主に葛根湯を渡して、「煎じて小嶺に飲ませてくれ」と頼み置くと、一人で番所へ向かった。
村人たちが耕作地へと、疲れた足取りで歩いていく。それを波平良が顔と名前を確認しながら、人名帳に書き付けていくのである。
「おや、目差主は御一緒ではないのですか」
「今日は休ませる。風邪を引いたらしい」
「何かと、ご無理が過ぎるのでしょう。あの方は鬼のように丈夫だと自分で思いすぎる」
そういうと、波平良は直ぐに話題を変えた。
「言い忘れました。先日、ハブに咬まれたチルクの女房が無事、やや子を産みました。この島で一番の機織り上手の、名はなんといったか」
チルクの女房と言うと、マフサではないか。ジラーが私に放った生き邪魔を、払い落としてくれた恩人だ。
「マフサは、無事か!」
波平良は驚いたような顔をしたが、すぐに事務的なものいいに戻った。
「ええ、母子ともに。そこで米と焼酎少々ですが、祝いの品を用意しましたので、後ほど女の家のものを呼んで渡します」
「私が持っていくぞ」
すると、波平良は困ったように口ごもった。
「与人が百姓を見舞うなど。しかもお産は穢れですから」
「構わぬ。マフサは身内同然なのだ」
私を思左と呼んでくれた、ただ一人の幼馴染である。私は何も覚えてなくても、マフサがそういってくれた。
見舞いに行くと、マフサは、囲炉裏のそばで起きていて、やつれた顔に笑みを一杯に浮かべて、微笑んだ。
「見てやってください」
赤ん坊は両手を握り締めて、薄目を開けていた。まるで、玩具のようだった。しかし指先で頬に触れると、赤子は小さい口を開けて、私の指を追うのである。このように生まれて間もない赤子は、見るのも初めてだった。
「可愛いでしょう? 自分の子供はもっと格別ですよ。思左さまも、はやく奥様を迎えて、子宝に恵まれますように」
私は苦笑した。そんな日は来ないだろう。また、将来のことは、もう考えていない。マフサにはわからない。
「暑いのに囲炉裏か?」
話題を変えようとしたが、「お産をしたら囲炉裏にあたるものですよ。覚えておいて、将来の奥様にもそうしてあげてくださいな」と言われた。私は困惑のあまり、すぐに本題に入ることにした。
「ウサー姉が生きていたぞ。ある人の後妻におさまって、先妻の子らを育て上げたそうだよ。幸せそうだった」といった。
マフサは「夢でも見たのですか」となかなか信じなかったが、ウサーが私に返してくれた髪飾りを見て、ようやく信じてくれたのである。
短い訪問を終え、米を下ろして身軽になって帰ってくる途中であった。ものの腐るような、鼻につく刺激臭のような、実に異様な臭いがするのに気づいた。
近くにはジラーの家しかない。そっと覗いてみると、そこは厨で、小娘が一人、かまどの前に佇んでいた。そまつな着物の裾から、日に焼け、やせこけた足が覗いていた。
「すまぬが、頼まれてくれないか」
娘はぱっと振り返った。私を見ると、見る見る真っ赤になって、その場にひれ伏してしまった。
「脅かして済まぬ。ジラーは居るか」
娘がまた頭を振ったとき、そのすぐ横に、鍋蓋落ちてきた。娘は「ひぃ!」と叫んで、頭を抱えてしまった。
「怪我はないか」
「お、お、お許しくださいっ! あたしは鍋の番を言われただけで、何も知りませんっ」
娘は叫び、顔を上げようともしない。
私は鍋蓋を拾い上げ、鍋の中を覗き込んだ。それは、料理というにはあまりにも異様であった。
強烈な腐臭を放つ、黒々とした煮汁から、鶏の首、そして細長い石の棒が突き出している。石は、長さは3寸以上あり、形状は、勃起した男の陽物そのものであった。
その悪趣味な作り物に、煮崩れたムカデ、蛇の皮、薬草のようなものが纏わり付いていた。とても料理をしているようには見えなかった。
「これは、何だ?」
「わかりません」
「ジラーは何処だ」
「知りません」
私は黙り込んだ。これ以上、小娘を問い詰めても何にもなるまい、マフサの意見を聞くべきかも知れぬ。この鍋の有様は余りにも禍々しく、料理には見えない。もっと言えば、人を呪う仕掛けにしか見えなかった。
「これは、これは与人主。何の御用ですか」
不意に男の太い声がして、厨の中が暗くなった。がっしりした体の男が、明かりを入れる入口を塞いだためであった。私は、逃げ口を塞がれたように感じながら話しかけた。
「ジラー。お前の妹に、石垣島で会ったぞ」
だがジラーは無表情そのものであった。
「あれは死にました。くり舟で流されたと申し上げたはず」
「いいや、生きている。あるお方の後添いになり、息災に暮らしているぞ。お前のことを案じて、これを託された」
そして古い髪飾りを差し出した。
「古い髪飾りなど、いくらでもあります。こんなものでわしを騙せるとでも?」
「お前を騙して何の益がある!」
ジラーは、奇妙に表情のない顔で、私を見つめていた。しかし、その分厚い無表情に、憎しみが透けて見えるのである。
波類間ユンタ28
すだちペッパートップページ
若者小説インデックス
2008/1/20