波類間ユンタ  
28

与那城里之子の語る

「役立たずの小娘が」
ジラーは怒鳴ったわけではない。だが、鍋を守っていた娘は、言い終わらぬうちに逃げ出していた。
 あとには台所には私と、ジラーだけが残された。これでいい。哀れな娘を巻き添えにすることなどない。
「ジラーよ。この妙な形の石は何だ」
「わが家に代々伝わるビジュル(聖石)です」
「ビジュルだと?」
 首里で女たちが拝んでいるのを、何度か見たことがある。それらは、このような卑猥な形はしていなかった。
「ビジュルは、ひとつとして同じ形のものはないのです」
「そんな大切なものを何故煮ているんだ」
「何故だと思いますか?」

 ぞっとするような猫なで声、笑顔ともいえぬ笑い。ジラーの姿が私の前で、どんどん大きくなっていく。古い椿の花飾りが、私の手の中でかさかさと鳴った。
 何故私は、たった一人でこの男と事を構えてしまったのか。愚かだ、私は、愚かだ。
「誰を呪っているのだ。それとも、もう一度私を呪うのか! 二度目はもう庇いきれんぞ!」
 冷静になれないのなら、怒りを露わにするしかない。でないと怯えているのがばれてしまう。するとジラーはあからさまな嘲笑を浮かべた。
「庇ってほしいなどとは思いませんよ、里之子。あなたにそんな力があるものですか! そうだ、せっかく来てくれたのだから、いいものを見せてあげましょうねぇ」
 そういいながら男は、煮汁を杓子で掬って見せた。その中には、何か白いものが見える。

「ウターの骨ですよ」と男は言った。
「うやんま墓から拾ってきた。あなたの母親の指の骨です。少し肉が付いていましたが、煮たら溶けました」
 心の臓が止まりそうな心地がして、思わず胸を押さえた。手の平に、懐剣が硬く触れた。小太郎が私を励ましているかのようであった。
「わが母に何の恨みがあって、こんな辱めを与えるのだ。振られた恨みなら執念深すぎるぞ!」
 男は無造作に杓子を放り出し、近づいてきた。強烈な脇臭、汗の匂いが近づいてくる。

「あの尻軽女とそっくりかと思ったが、父親のほうによけい似ているな。その、ロクでもない白い顔」
 喉の奥でいやらしく笑った。
「あんたの父が毛遊び(もうあしび)で三線を弾いたら、村中の娘が色気づいた。娘どもはわしらを相手にしなくなった。流刑人でも首里の男さ、美しいとさ! 島の男の力をなぁ、思い知らせてやらねばならんのさ。里之子は……あの夜も振る舞い酒に酔って、あっちへふらふら、こっちへふらふら歩いていた。3人で囲んでやったら、あんた、怯えもしないでわしを見たなあ」
「誰のことを言っているんだ?」
 ジラーの手が私のあごをそっと撫でた。
「仲間は足を押さえるはずだったが、怖くなって、途中で逃げた。あとは、わしと里之子の二人きりで。そりゃあ、良かったさ。二人きりで楽しんだんだ。わしの下でヒィヒィ泣いてたくせに、子を産めるウターを選んで、わしを捨ておった! お前をどれほど恨んだか、誰も知るまい!」
(父上!)
 私はあの世の父に向かって叫んだ。
(父上! あなたは何をしてきたのですか)
 ジラーの腐臭のする口が近づいてきて、私の口を吸った。硬い手が私の腹部をまさぐり、この腹が脚が忘れられん、とささやいた。
「里之子は、何故、わしのものにならないのだ。あんたを手に入れるためには、死なすしかないのか。あの小嶺も目障りだ、死なすしかない!」
 そういいながら、ジラーは私の裾をたくし上げ、体を押し付けてきて、「楽しもう、楽しもう、里之子」といったのである。

 いっそ言いなりになればいいのか。存分に抱かせてやったら、ジラーは納得するだろうか。私を、そして私の周りの人間を呪うという気持ちも失せるだろうか。
 そんな愚かな考えが頭を掠めて、しばらくはジラーの好きなようにさせた。しかし、体が最後まで言うことを聞かなかった。私はジラーの腕に噛み付き、めちゃくちゃに蹴飛ばした。乱れた裾のまま、逃げたのである。

波類間ユンタ29

毛遊び(もうあしび)……昔、沖縄の村々で行われていた若者たちの遊び。海辺、野原などで待ち合わせ、歌三線や踊りで楽しみ、飲食をともにする。伴侶を得ることも。

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2008/1/26