波類間ユンタ  

30
小嶺の語る

 与人から小太郎の懐剣を奪うと、「サンラー!」と叫んで、宿主を呼んだ。サンラーは静かにやってきて、庭先で頭を下げた。ごま塩の髪の、初老の男だ。
「与人を見張れ。何があっても、この部屋から与人を外に出すな、誰が来ても会わせてはならん。そしてわしが帰るまで何も食わせるな、茶一杯飲ませてはならん!」
 サンラーは、無言で頷いた。理由を聞きもしない。実に、冷静な男である。
 
 ジラーの家の厨の前には人垣が出来ていた。耕作筆者が仁王立ちになって、「中に入るな、仕事にもどれ」と叫びながら、人垣を押し戻そうとしている。私が彼らの前に立つと、若い百姓が「与人は何処だ」と詰め寄ってきた。
「それを聞いてどうする?」
「イシを手篭めにして、殺したんだぞ! いくらサムレーだって許せるか!」
 若者はそういいながら涙を拭いた。それに刺激されたのか、集まっていた百姓たちが、目をぎらぎらさせて私を見上げている。私は、ひとつ息を吸った。
「与人主は、身に覚えがないと言っておいでだ。疑いを掛けられたのを恥じて自害しないよう、見張りをつけて部屋に閉じ込めている。きちんと調べて……万が一にも、与人に非があれば、厳正に処分されるであろう。お前たちはひとまず仕事にもどれ」
 そう言い含め、百姓らを去らせた。どこからか、女の泣き声だけが聞こえている。小娘の母親が泣いているのだろう。
 不意に耕作筆者が座り込み、「どうなることかと思いました」と震える声で言った。のん気そうなこの男も脅威を感じていたのだろう。しかし、静かな村にコトを起こさせるわけにはいかない。

 小娘の骸は、厨の土間に寝かされていた。
 被せられた筵を剥ぐと、幼さの残る汚れた顔は、扼殺されたためか、かなりむくんでいた。
 私の沐浴に怯えて、泣きながら逃げていった小娘。あまりにも若い死は哀れである。

 耕作筆者は怒り狂っていた。
「この娘は、母親に連れられて私のところに来ていました。与人に取り次いでくれと言ってきたんです。お世話したいといって! その憧れの男に殺されるなんて!」
「与人主が娘を殺したと、決め付けているんだな」
「だって見たんですよ! イシはこうやって、髪差しを握って死んでいたんです。自分を殺した下手人を知らせたかったに決まってます」
 娘は仰向けに横たわり、胸に置いた簪を手で押さえていたのだという。
「なるほどな。で、お前は簪を持って我らのところに走ってきた、と。他に気づいたことはあるか」
 すると筆者は、何故か顔を赤らめた。
「……あまりに裾が乱れていて、人目を憚りますので」と口ごもり、小娘の裾をめくり、少しだけ足を広げさせた。
「何だ、これは」

 小娘の秘所には、青みがかった石の棒が打ち込まれていたのである。全く気分の悪い見ものである。実に猟奇的で、正気の沙汰とも思えぬ。
 私は、嫌がる筆者に命じて、娘の遺骸を押さえつけさせ、石の棒を抜いた。石の棒には、思ったほど血はついていなかった。形は、まさに屹立する男根そのものの形をしていた。与人主が言っていた、『ビジュル』である。
「虫も殺さぬ顔で、こんなことを! われらの立場を考えずになんと言うことを!」
「与人主は本当に虫も殺せぬ御仁なのだ、人殺しなど出来るものか」
 私は、己の髪差しを抜いて、筆者に手渡した。
「持っていろ」
「は?」
「死んでも離すなよ?」
 言い終わる前に筆者の胸倉を掴み、壁に押し付けた。
「目差主?」
 骨ばった若造の首を、両手で掴んだ。筆者ははじめこそ、困惑した笑いを浮かべていたが、私が締め上げてやると、いよいよ去勢されるブタのような声を上げ、舌を出したのである。
 手を放しつきとばすと、筆者はへたり込んで咳き込みながら、涙を流した。裾は乱れて、毛深い脚と下帯が覗いていた。実に、見苦しい姿。それを見てひそかに溜飲を下げた。私は、筆者に腹を立てていたのである。
「ひどい……何をするんですかっ」
「首を絞めたのだ、木っ端役人。それ以外にあるか! で、髪差しはどこだ」
 筆者は、言われたことの意味もわからない様子で呆けている。
「か、髪差しですと?」
 だが筆者の手の中には、苦し紛れに引っこ抜いた、私の髪が数本、絡まっているばかりだ。簪はどこかに飛んでいってしまった。
「わかったか。人間、首を絞められたら、持っていたものなど放り出すもんだ。相手を引っ掻くなり、髪を引っ張るなりして抵抗したはずだ。髪差しは、娘が死んでから、誰かが持たせたのに相違ない」
「はあ……」
「与人の手には傷一つなかった。しかるに素手で人を縊り殺したら、こうなるのだ。ワシの手を、よく見よ」
 まくし立てておいて、私の手の甲を、きゃつの目の前に突きつけた。筆者が引っ掻いたために、傷になり血が滲んでいる。
「そう、ですが……」
 何と鈍いことか。この木っ端役人の首をねじ上げ、喉仏をつぶしてやりたかった。
「とにかくジラーを探せ! 奴が下手人だ。放っておいたら、また人殺しをするかもしれん」
「で、でも、与人はあられもないお姿で、どこかで帯を解いてきたとしか……」
「それは、あとでよく聞いてみよう。暑さに着崩しただけかもしれぬし」
 私は里之子を信じていたが、気持ちは暗かった。信じているといっても、信じ切れてはいなかったのだろう。
 何故、昼間から帯など解いていらしたのか。

 それから厨の隅々まで探したのだが、里之子が言っていた「ビジュルを煮ていた面妖な煮汁」なるものは、見つからなかった。

波類間ユンタ31
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2008/2/17