31
与那城の語る。
私は、一人で宿の一番座に座っていた。小嶺に言われた言いつけを守っていたのではない。小嶺に乱暴に胸倉を開かれ、懐剣を掴み出されたのが、険しい目で見下ろされたのが辛くて、立ち上がる力もなかったのだが、それは自分でも意外であった。
思い沈んでいると、宿主のサンラーがやってきて、私の前に茶を置いた。
「茶を飲ませてもならぬと目差主のお言いつけでしたが、私は目差主ではなくて、与人主の宿主です」
私は少し迷ったが、せっかくの好意であるし、その茶を飲んだ。
「いつも美味い茶だ」
「与那城の旦那様に、茶の入れ方から教わりました」
初耳である。
「私の父を知っているのか?」
「下働きをしていました。薪割りや飯炊き。水汲みなどを……茶の入れ方も教わりました。旦那さまはお優しい、良い方でした」
サンラーはそう言ったきり、しばし口を噤んだ。私はサンラーの貧しげな髷を見つめながら、何故今まで言わなかったのかと、不審に思うのである。沈黙を破ったのはサンラーであった。
「大和には、冷たい綿が降るそうですね」
「冷たい、綿?」
サンラーは、少し目を細め、口をへの字に曲げた。これがこの男の笑顔なのだろう。
「寒くなると凍った雨が降ってきて、地面に落ちると溶けてしまうそうで」
「それは雪だ」と私は答えた。
江戸に行く途中、辻々で踊っているとき、初めての雪を見た。灰色の空から、白い綿のように舞い落ちる雪は、宿でわれわれが眠るうちも降り続け、朝には、庭の枯山水も木も、ただ白い雪の下だった。
朝日を受けて輝いている、銀色の世界。私たちは外に出て、雪の玉を投げつけあって喜んだ。熱を出して寝込んでいた仲間も、そっと障子を開けてみている。
乾いた咳をしながら、うらやましそうに私たちを見ていたのだ……。
「父は薩摩しか行った事がないはずだが……父が、雪を見たと言ったのか?」
サンラーは、いいえ、と答えた。
「雪の話をしたのは、ジラーです。与那城の旦那様から聞いたのでしょうが、見てきたようなことを言うヤツで。雪というものは、白くて、キレイで、
冷たい。与那城のダンナさまみたいだと、阿呆なことを言っておりましたな」
私は笑った。
「ジラーは、正しい。父は冷たい男だった」
サンラーは困惑を眉に示して、「だからといって……」と言い淀んだ。
ジラーの呟く。
俺は19歳だった。腕っ節が強く、誰よりも耕作が出来た、村で一番もてたのだ。村中の女から、選びたい放題と思っていた。与那城が来て、何もかも変わった。
与那城は首里から来た流刑人だ。女どもは「里之子」と呼んでいた。何の罪を犯したのかは知らない。とにかくヤツは、波類間にきたとたん、勝手気ままに振舞いはじめた。
身を慎んでいるのなんか、見たことがない。毛遊びで歌ったり、微笑んだり、昼間から三線弾いているばかりなのに、家の前に女がうろうろしている。女のほうから夜這いに行くという噂もあった。娘も年増もオバアも、盛りのついた猫みたいになった。俺に靡いていたはずの娘も、「ジラーは、イラブチャーみたいな顔だ」と言い出した。
腹が立った。月夜、毛遊び帰りの里之子を待ち伏せたのは、勿論、懲らしめてやろうと思ったからだ。つるつるした白い顔をボコボコにしてやって、山羊のように慰みものにしてやる。
3人で、毛遊びから帰る里之子を囲んでやった。
「里之子、あんたに話がある」
十三夜の月が出ていた。里之子はかすかに目を細めて、俺だけを見ていた。
「毛遊びは終わった。お前らも来たらよかったのに」
そして、「飲みすぎたな」とつぶやいて、襟を少しはだけて風を入れる。
「俺らの島の女に色目を使うんじゃねえ」
里之子は落ち着き払って答えたものだ。
「私は、色目など使った覚えはない。慕ってくるものを振り払うほど、野暮でもないが」
かっとした。こいつには、ただ生きて息をしているだけで、顔が
美しいというだけで、女どもが慕い寄って来るのだ。
「この流刑人!」
里之子の胸倉を掴み、思いっきり、突き飛ばした。あっけなく仰向けに転んだ里之子に伸しかかった。殴りつけ、犯す。思い知らす。
正直、自分でも何をしているのかわからなかった。裾を捲り上げようとすると、「止めよ」と手首を掴まれた。帯を掴んだが、その手も掴まれた。顔を往復で殴りつけた。里之子はとうとう、抵抗を止めた。
「乱暴な」
肩で息をして、俺を見上げている。かすかに血のにおいがした。里之子の唇が切れたのだろう。だが血の匂いより、俺の頭を変にさせるのは、里之子の着物や髪から漂う、花のような匂いだった。
「脚を押さえろ!」
サンラーが、情けない泣き声を上げた。
「やめてくれ、ジラー兄さん! もう、やめよう!!」
「お前も一発、掘ってやれ!」
そういって裾を思い切りめくり上げた。
「堪忍してくれ、ジラー」
里之子が脚をばたつかせて、抵抗する。暴れると脚が肌蹴る。その脚はびっくりするほど白く、しかも男なのに毛も生えていない。 だが女のように柔らかい脚ではなく、もっとしなやかで、もっと強かった。
俺は里之子を押さえこみながら、妙な気持ちになっていた。
「おい、手伝えというのに!」
だが、誰も居なかった。みな、逃げたのだ。おれは、一人で里之子を組み敷いていた。一対一、だった。
「くっそ、このクソがきがぁ! サンラー! くそ、何で逃げるんだ!」
「
子供だから、怯えたのだろう」
与那城が低い声で、答えた。驚いて言葉もなかった。
「せっかく気分を出してやったのに、残念だが」
俺の下で、与那城の引き締まった腹が、かすかに震えた。笑っているのだ。
俺は思わず体を起こした。与那城は俺の腕を掴んで、咎める目で私を見上げる。
「お前も怖いのか?」
十三夜の月が与那城の顔や、肌蹴た胸板、つるりとした脚、太股を、白く照らしていた。それからようやく、里之子に誘われているのだと気づいた。
俺は、引きずり込まれるようにして、与那城の下帯を解いた。それからは夢中で、一度目は道端で、それから、ハブのいそうな畑に引きずり込んで、犯した。
与那城は誰かと間違えているように、俺にしがみ付いて、際限もなかった。
次の夜も、その次の夜も、浜で落ち合い、ヤシガニもハブクラゲも恐れずに荒々しく睦みあった。
与那城は一人でイってしまうと、、俺の膝の上で、がくん、と首を落として、眠る。俺に犯されているのに、平気で寝るのだ。 揺さぶっても起きない、ひどい男だった。
寝入った相手を抱いてもつまらないから、おれは中断する。あきらめて一物を引き抜き、眠る与那城を抱いてじっとしている。しばらくして目覚めた与那城は、また俺を求める。何か怒っているように、求めてくる。
ある日、大和の話をしてくれた。薩摩の殿様のために踊りを踊ったこと。薩摩で珍しい雪を見たこと。雪は、空から降ってくる、白い、冷たいもので、花のようにふわふわと舞って、手の上で消えてしまうのだ。
寵愛してくれた王子の話もした。里之子が書き上げた、組踊りの脚本のことも聞いた。
「踊りたいのだ」
だがもう主役を踊るのは無理だから、誰かに踊らせるしかない、とも言っていた。
「そういう指図は、踊り奉行しか出来ないのだ。だが、こんなに落ちぶれては、もう適わぬ夢だ……せめて王子が存命のうちに、もっと甘えておくのだったな」
だが、そんなふうに言葉を交わすことのほうが珍しく、大抵は言葉もなく、ケダモノのように抱き合うだけ。俺なんかに話をしてもわからないだろうと思っていたのだろう。
だから俺は、与那城が俺に飽きて放り出すまで、一度も「情けある言葉」を引き出すことはできなかった。
そのうちに与那城は、村で一番美人のウターを我がものにして、子まで孕ませていた。
「何でなんだ。俺はあんたしか居ないのに、黙って俺を裏切って!」
すると、与那城は眉をひそめて言ったのだ。
「何でって、決まってるじゃないか。お前に子が産めるのか。私の組踊りを踊ってくれる、息子が産めるのか?」
それから、こうも言った。
「お前、本気だったのか?」
ああ、忘れない。忘れてなるものか。
俺は与那城を恨む。恨むとも。 恨んで恨んで……。
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2008/2/26