35
小嶺の語る。
ジラーの死んだ後になって、村人たちは口々に好きなことを言い合っていた。
「いつ呪われるか恐ろしかった」
「逆らったものが何人か妙な死に方をした」
あの男が生きているうちは、誰も逆らえなかったのである。それでも、ジラーの遺骸は丁重に葬られ、周りにアダンが植えられた。
ジラーにさらわれた男児は、それが厄落としであったかのように、その後は無事に育った。母親のマフサのほうは、波類間の
神司、つまり
祝い女に選ばれた。
島の安泰を祈るという、尊い役をおおせつかったのである。
「波類間に神司が不在なのはよくない」との蔵元頭の意見があったという。誰がどんな根回しをしたのかは知らぬ。
ある日、突然に通達が来たと思うと、石垣島から祝女がやってきて、マフサを司に任命し、扇と勾玉を授けていった。
なんと大出世ではないか、痩せこけた織り女であったものを。だが、村のものは驚かなかった。
「マフサの家は代々、神司であったのに、女が産まれなくなったので、別の家に神職が行った。そちらの家は不幸続きで一家が絶えた。だから次はマフサだ、血筋は申し分ない」と。
なるほど祝い女の白い着物を着たとたん、マフサには、不思議な威厳が備わっていた。馬子にも衣装というには、似合いすぎである。まずいことになったと思った。私には負い目がある。
私はジラーの騒動のとき、「この腐れユタが!」とマフサを蹴飛ばしてしまった身、このままでは済まされぬ。女に頭を下げるのか、それでいいのかと思い悩み、結局、祝いの酒や米を持っていったときに、ぎこちなく詫びを言った。
すると彼女は、「何をおっしゃる」と頭を振った。神女のしるしである勾玉が、澄んだ音を立てた。
「目差主に生き邪魔がついていることを知っていたのに、黙っていました。子供のことだけを心配して、与人主の命も考えなかった。お二人を見殺しにしようと……それなのにこんな大役を。本当に申しわけありません!」
するとマフサの赤子が、どういうわけか激しく泣き出してしまった。マフサが抱いても泣き止むどころか、引き付けを起こしそうなほど怒っている。
だが、私が「またこれは、ウーマクな坊主だな」と抱き上げると、ぴたりと泣き止んだのである。
「よしよし、良い子だ」
マフサの顔がほころんだ。
「目差主は優しいお顔になりましたね」
「わしは与人主の嫁だからな。与人の母上にも、そう認めていただいた」
冗談めかして言ったのだが、マフサは真剣な顔をして頷いた。
「あなたは運が強い。どうか、思左様を守ってくださいまし」
その後は、何事もなく日が過ぎた。
そして夏の暑さが緩んだ頃に、年貢を積んだ船を出すこととなった。
首里に納めるための米・粟は、前年の収穫である。前年の出来はそこそこだった。だが、今年は大豊作だった。与人が浜下りをした後は、虫の害も無く、ほどほどに雨に恵まれ、しかも大風の被害も受けなかったのである。
今年豊作であったので、来年の年貢となる穀物の囲い込みも、百姓から抵抗されることなく、無事に済んだ。百姓が日常に食う芋もうまく実った。全てが上手く行き過ぎて、空恐ろしいほどだ。
今年は弥勒世。だが来年はわからない。私は村人に手伝わせて、島の各所に蘇鉄を植えて回った。
「たとえ今年は豊作でも、来年はわからぬ」
こういって脅しつけなければ、気が緩みすぎるのだ。
「蘇鉄の実には恐ろしい毒がある。慎重に毒抜きをしなければ命を落とす。だが、これで命をつながなくてはならない日は、いつか必ず来るぞ。油断するな」
油断するな、と人にはいいつつ、一番たるんでいたのは、私自身であった。
まず、相変わらず与人の宿に居候をしていた。台風で倒壊した宿は、あえてそのまま腐るに任せていた。与人からは、一度だけ、「宿を修理しないのか」と聞かれた。
「家の材料が不足している」とか、「そのような私事に百姓を使うのは、公私混同」などと、もっともらしい理由を並べ立てた。
どんな理屈をつけてでも、そばに居たかった。与人も、私の言い訳が見え透いていることをご存知だっただろう。
だが、お役目は果たさなければならない。
石垣の島へ御用米、御用布を運ばねばならぬ。前回は二人で旅をした、今回も二人で仲良く、と思っていたのに、私一人で蔵元へと行かねばならなくなった。新米神司のマフサめが、「与人主をお連れしてはなりません、凶と出ています」とユタめいたことを抜かしたのである! しかも船出の日時まで決めてきた。
実に、忌々しい女である。
ほんの数日間であるが、その数日が耐え難いものに思われた。数日会えないと思うだけで、体のどこかが焼け付くようで、じっとしていられぬ。
与人もそう思われたのだろう。私たちは前の晩、本当に離れがたく、一晩中濡れあった。与人の冷たい肌を熱くし、冷ややかな目を閉じさせることができるのは、私だけだ。
翌朝、腰つきがまた細くなった与人が、船着場で見送ってくれた。
「気をつけて行って来い、危ないと思ったら積荷より命だぞ」
そして、私の耳に息を吹きかけ、「まだお前に突かれているようだ。体が忘れる前に戻ってくれよ」と、囁いた。不覚にも勃然と高まるものを感じ、必死に念仏を唱えたが無駄であった。
「どうした、また前を大きくして」
与人が意地悪く笑う。そばにマフサが居るのに、こうして私を苛めるのである。だがその目は、まだ情事の名残で、潤んでいる。
人の目がなければ駆け寄って、堅く抱きしめたい。船に引きずり込んで、石垣島への道中、船底でずっと口を吸っていたい。だが、与人のそばにはマフサが、(早く船出せよ)といわんばかりに私を見ていた。
「目差主の無事なお帰りを、命こめて祈っております」
私はもっともらしい顔で頷く。
「用事が終わりましたら、飛んで戻るゆえ、与人のこと、頼んだぞ」
マフサが祈ってくれたお陰か、往路はいたって順調で、無事、蔵元に御用物を収めることができた。女たちが心血を注いで織り上げた布も、質の良い上納品として、受け入れられた。
帰りの風を待つ間に、お世話になった桃林寺(とうりんじ)に詣でた。与人と二人、薩摩の中間に襲われた夜に、匿っていただいた恩がある。改めて挨拶をしておきたかった。
そのときは必死で、寺を眺める余裕もなかった。晴れた空の下で拝む山門、仁王像は、それは見事であった。
門主は私たちのことを覚えていて、ふたりの無事をたいそう喜んでくれた。ささやかなお布施として、焼酎と、波類間の上茶を差し上げた。帰りには、土産として、門主手彫りの観音像を頂いた。
寺に詣でた甲斐もあり、二日後には順風となった。良い風が吹き、空には雲ひとつない。荷をおろしたせいで軽くなった船は、行きよりもさらに速く進んだ。何の問題もなく旅をして、航路の半ばまで来たころである。
舵をあやつっていた加子が、突然、「大変だ!」と叫んだ。
「難破船だ!」
帆柱を失った大和の船が、海原に漂っているのが見えたのである。甲板に人影が見えた。われらに向かって、狂ったように手を振っている。皆やつれているようであった。
漂着人は助ける決まりである。島に連れ帰り、介抱しなければならない。まずは船に引き上げ、水を飲ませる。
「ぶつからぬように近づこう」
私は、すぐにその指示を心底、悔いた。哀れな漂流人たちの中に、最も不吉な男の姿を見たのである。若者らは喜びに飛び跳ね、年寄りどもはぼんやりと私たちを見つめ、そのどれでもない。ただ私を見つめる、青白い額の若侍を見て、血が凍った。
小太郎の弟が、そこに居たのである。
「舵を切れ、離れるのだ!」と叫びたかった。ここでやつを見捨てるのだ、海の藻屑にしてやるのだ。だがもう遅かった。われらの波類間船は、不倶戴天の敵へ向かって、ゆっくりと進んでいった。
2008/4/20
波類間ユンタ36
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