波類間ユンタ  

波類間ユンタ   37

与那城里之子の語る

翌日、私は啓次郎たちのところへは行かなかった。
遭難者の件について、蔵元へ送る書状をしたためる必要があった。言い回しは小嶺に尋ねながら、ジラーの寡婦の家に彼らを泊まらせたこと、保護の方法について子細に記し、印を押す。波の状態、風の状態が適えば、飛び船を出すことになる。
その後、私はひとり、宿に戻った。
虫の知らせ、というものであろう、見苦しくしてはならないという思いがあり、身の回りのものを片付けていた。最後まで燃やせないで居た書物、書状を取り出して、庭に積み上げる。カマドの火を持ってきて、火をつける。
父の遺作であった組踊りの台本を、手に取る。黄ばんだ紙を表紙から外し、一枚ずつ火にくべていく。父の若い野心が、白い灰と煙になって消えていく。

「父上、親不幸を許してください。これを世に出す力は、私にもなかったのです」
父が望むだけの官位を得られていたら、もっと命があれば、自分の書いた組踊りを世に出せたことだろう。今の私に出来ることは、父の迷いの産物を、煙と共に天に帰してやることだけだ。

「兄からの書状でも焼いているのか」
背後で声がした。振り返らずとも誰かはわかる。が、私は作り笑顔で「これは啓次郎どの」と答えた。
「いえ、これは違います。わが亡父の書き遺したものを」
「親の形見を燃やすのに笑うのか。情がない男なのだな」
「仰せごもっとも」
啓次郎は、響きのない声で私に言う。
「お前は……わが兄を、どう思っていたのだ?」
何度問われようと、言うことは同じである。
「和歌も、剣術も教えてくださった。あこがれのお人でした」
そうだ。私は父のような女々しい男ではなく、小太郎のような文武両道の男になりたかった。しかし持って生まれた資質はどうにもならなかった。
「兄上のような男子になりたいと。心から尊敬をしていました」
「それだけか? お前と兄は衆道の契りを結んだのではないか」
「全く違います! 私は、あなたの兄を汚したことはない!」
啓次郎は、私の剣幕に一瞬ひるんだようであったが、なおも言い募った。
「兄とおれは、江戸で育った。兄は途中で国元に戻り、それから遠い琉球へ行ったのだ。偉くなるはずだった。おれの親が望みを掛けた、自慢の長男だった、それが嫁も取らず、子も成さず、四十にもならずに死んだ」

震えながら、手を懐に突っ込み、分厚い紙束を私に突きつけた。
「見るがいい、秀才と謳われた兄の、こんなものが形見なのだ!」
叫ぶように言うと、地面に叩きつける。鮮やかな色が目に飛び込んでくる。描かれているのは、髪を高く結い上げた少年の絵姿だった。
楽童子の赤い振袖。裾短い、縞模様の普段着の私。木刀を構えて、へっぴり腰の私もいた。
墨一色もあり、色をつけたのもあるが、全て同じ顔立ちだった。そのほとんどが笑っている。いつこんなに笑ったのだろう。私はこんなに笑う子供だったのか。そのときにきっと、小太郎も笑っていたのだ。
その中のいくつかには、達筆で歌を添え書きしてあった。

『安谷屋の若松 あわれ若松 世だ幸へ 浦おそう若松』

その横には見事な枝振りの松と、その松の下に微笑む童子。これも同じ顔だ。そして全ての絵に、慈しみの気持ちがこもっていた。父のように、兄のように? いや、多分、違う。

松の若木よ、幸多かれ。高く伸び、枝を伸ばし、立派な男になれ。ああ若松、私はお前の枝を折らず、ただ見ていよう……。

「百枚以上あるぞ。女々しいことだ。わが兄を毒したのはお前だ」
小太郎の絵の紙束を持ったまま、消えてなくなりたかった。私はいったい、小太郎の何を見ていたんだろう?

「念弟なのに、何故後を追わない?」
「ああ、うるさい!!」
啓次郎が、怯えたように私を見た。江戸育ちの、線の細い顔が私を見ていた。

「念弟、念弟と一つ覚え。よしんば念弟だったとしても、何故私が死なねばならぬのです? 兄上は、勝手に私をかばって死になさったのです。今さら言いがかりをつけられるのは迷惑千万」

私は小太郎の弟を、言葉の刃で斬りつけた。だがそこまで言っても啓次郎は刀を抜かなかった。結局、啓次郎は、鉄のような自制心の持ち主だったのだろう。手は震えていたが、ついに刀には触れなかった。
「お前の浅ましい性根のほどはわかった。哀れと思ったのが愚かだった! 兄のもとへ送ってやる、いや。もう会わさぬ、お前など地獄へ行くがいい」
啓次郎は大きく息を吸った。
「果し合いを申し込む。刻限は明後日だ。逃げるなよ!」
私は嘲って、「あなたこそ、この島からは生きて逃げられませぬぞ」と言い返したのである。


波類間ユンタ 38

2008/5/20
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