6
小嶺の語る話
日が落ちて、酉の刻となる。開け放した部屋に海風が通る。
料理は、慌しく整えられたとは思えぬものであった。ジラーの妻は料理上手だ。
芋の茎と小魚の酢の物、昆布と山芋の煮付け、苦瓜の和え物、豆腐、小魚の塩漬け、香の物。アダンの芽とモズクの吸い物。
どれも美味かった。美味いものを食うと、失った家族を思う。このようなものを食わせたかったと思う。
湿っぽくなる心を振り切り、酒を煽った。酒は強く、喉を焼くようだった。
与那城殿は、ジラーが注ぐ酒をけして拒まない。如才なく料理の味付けを褒めながら、あまり食べては居なかった。
耕作筆者も盛んに飲み食いをし、陽気にしゃべり続けていたが、何杯めかの杯を開け、皿が空になる頃、とんでもないことを言い出した。
与那城殿に舞を無心したのだ。
「与人殿、何ぞひとさし舞うてくださいよ」
何ということだ、自分の上役に絡むとは!
「与人殿に向かって無礼だぞ」
若造は口を尖らせ、回らぬ呂律で言いつのった。
「だって楽童子の舞なんて、わしらには一生縁がないものですよ。御主加那志前(うしゅがなしめ、国王陛下)や清国のお使節くらいしか見られない、珍しい見ものですよ? わしなんか辻のジュリ(女郎)の踊りも、拝んだことがないんです」
珍しい、見もの。辻の、ジュリだと?
いくら酔っているとはいえ、上役を踊らせて、酒の肴にしようとは何たることか!!
しかも女郎の踊りを引き合いに出すとは!
「この無礼者が! 与人殿になんと言う口を利くのだ!」
「与人は気になさらないでしょう、わしらに見せたって減るもんじゃなし」
波平良の下卑たものいいは止まらなかった。。
「小嶺殿、そう怒るな。私ならいっこうに構わぬぞ」
与人は腹を立てるどころか、涼しい顔で「確かに減るものでもない」と言った。それで、よいはずがないではないか!
「いいや、減ります。誇りというものが減るのです。波平良よ、お前は御冠船踊りをなんと心得ている。清国のお使節や大和の将軍の前で、国のために命を掛けて舞うのだぞ! そのための芸だ、女郎の踊りと同列に論ずるな、」
「辻の女郎とて、命がけの仕事であろう?」
与人殿はそういって、帯に挿していた扇子を抜いた。口元に微かに笑みを浮かべている。だが目は、少しも微笑んでいない。
立ち上がり、半ば扇子を広げる。そのしぐさが、既に踊りであった。馥郁たる香りが漂うのは、扇子から来るのだろうか、与人の袖から来るのだろうか。
「歌い踊るは私にとって、息をするのと同じこと。むさ苦しき『元』楽童子の舞いでよければ、見せてやろう」
そういうと、手に持った扇子を、耕作筆者の胸元に向けた。
「さあ、ウーマクな耕作筆者よ。どんな舞いが見たい? 男姿で女踊りもまた一興。それとも二才踊りがいいか、いっそ大和の踊りを見せようか?」
与人も酔ってらっしゃるのだ。だが、隙がない。
袖を返す。ふわりと袖が広がる。
幻惑されそうになる……。
全くどこがむさくるしいのか。実に、血も涙もないほどに清らである。
「どうした、貴殿が三線を弾いてくれるのだろう?」
耕作筆者は、何度も瞬きをした。この愚か者め。口をあけて見とれていたのだ。
「わしは……弾けませぬ。目差殿……何ぞ弾けますか?」
言い出したのは自分だろうに、わしに振るとは情けないやつだ。
「貧乏士族だ、三線など触れたことも無い!」
それは嘘だった。家にはちゃんと古い三線があった。
私が唯一弾けるのが、父に殴られながら習った『かぎやで風』だ。だが、祝賀の曲を、喪中の与那城殿の前では弾きたくない。内々の宴席で演奏するには、ありがたすぎる曲でもある。
「では、踊りはまた今度に」
与人殿はそういうと、床の間の三線を手に取り、居住まいを正した。
駒を立て、調弦をし、指先に水牛の爪をはめると、間をおかずに弾き始めた。僅かな前奏の後、澄んだ声で歌い始めた。
「語いたや」
信じられぬほど息が長い。高く、澄んだ声だった。
耕作筆者が、杯を持ったまま凝固した。気おされた様子である。
「語いたや」
私も、呆然と与人を見守った。
「語いたや。月の山の端にかかるまでも」
挽歌だ、と思った。例え恋歌であろうと、与人の声は悲しみに溢れていた。
語りたい。語りたい。
語りたかった。
母に会って語りたかったのに。誰でもいいから聞いてくれないか。
与人は、その場にいた私に語ろうとした。それを私は遮った。自分が悲しくなるのが嫌だったために。
私とて誰かに聞いてもらいたかった。妻子を死なせて悲しく、情けなかった。誰にも話せずに、泣くことも出来なかった。
だから今も悲しみが心の底に固まって、前へも後へも行けぬ……。
歌い終わった与人殿は、驚いたように私を見つめ、やがて視線を外した。
「あれ、目差主。泣いてらっしゃる?」
横から耕作筆者が要らぬことを言った。私は懐から手巾を取り出し、顔を拭いた。
「これは汗である」
すると耕作筆者は、ゲラゲラと笑いやがった。
「与人のお歌に泣かされてしもうたか」
「うるさい、その口に蛙を突っ込んでやろうか!」
そう叫んだ後、上役の前であったことを思い出し、気まずく口をつぐんだ。
どうやら酔いすぎたようだ。なんにせよ、酒は楽しく飲むのが一番なのだ……。
波類間ユンタ7
若者小説
すだちペッパートップページ
2007/03/28