君の瞳に 2 10/31/01
ベッドサイドに置いたランプの下で、高志さんがうつむいて、文庫本を読んでいる。
きめ細かい白い肌が、蛍光灯の下で少し青く見えた。 ぼくはふいに泣きたくなった。
「た、かしさん……」
ぼくが小さい声で呼ぶと、高志さんは顔を上げ、こちらを向いた。
こちらへ体を寄せて、周りの患者を気遣ってるのか、ささやくように
「よう、気分はどうだ?」
と聞いた。ほんの少し、コロンの香りがする。 いつもの高志さんだった。
「うん…あたま、やっぱり痛い…だけど、ずっとまし…」
「そうか。ひどかったら痛み止めもらってくるから遠慮なく言え。見つかったの早かったから、すぐによくなるから」
「みつか…った?」
「お前な、一酸化炭素中毒だよ。死ぬとこだったんだ。なんで今どき火鉢なんか炊いてるんだ?」
「いっさんかたんそ…?」
「練炭の不完全燃焼さ……電話でろれつ回ってなかったから。なんか変だと思って来てみたら…」
やっと、自分の倒れた原因がわかった。 不完全燃焼だったんだ。
そういえば医者もそういってた。 そのときは何を言われているのか、わからなかったんだが。
「ぼくは、死に掛けたんですね」
「そうだ」
「高志さんが、助けてくれたんですね」
「そういうことになるな」
「ありがとう」
「……なんてこたあないよ。 助かってよかった」
もっと言いたかった。ぼくはあなたを傷つけて、ただ欲望を満たしたのに、あなたは全身で包んでくれた。 そして気にかけて、今度は命まで助けてくれる。
ぼくは一人で立ってるあなたに、何もしてあげられないのに?
ぼくの顔を見てた高志さんは、母親のような調子で言った。
「泣きそうな顔すんな。大丈夫、すぐ元気になるから、寝な。 風邪も引いてるんだろ。寝るのが一番だ……明日には帰れるからな。おれがいるから」
「……」
「なにかあったら、ここにいるから呼べ。 おれも少し寝る」
「でも……あんまり、めいわくかける……わけには」
「迷惑だと?」
「そう、です。たかしさんにめいわく……かける……」
高志は、くす、と笑った。
「…よくいうよ。おれにしがみついて泣いたくせに」
「な、泣いたって」
「怖いよ、高志さん助けてって。覚えてないのか?」
覚えてない。
そんなことしたんだろうか。 でもそいうえば、したかもしれない。
「ところで、この病院だけど、建物ずいぶん古いなあ。お化けもでそうだなあ」
「……」
高志さんはにやりと笑った。 切れ長の目が、なんというか、新月のように細かった。その中の瞳が笑っていない。
こういう笑い方をすると、きれいなだけに少しだけ怖い。 白蛇の精のように妖しく見える。
ふいに高志さんはぼくの後ろを指差して叫んだ。
「ほら、お前の後ろ! なんかいる!」
「……ひっ!」
ぼくは飛び上がった。高志さんは笑い出した。
「冗談だってば。」
「………!!!」
「怒るなよ、かっちゃん」
ぼくは、実は怒ってたわけじゃない。いかつい顔は見掛け倒しで、実は怖がりなのがばれてしまった(というかとっくにばれてた)のが、男として恥ずかしかったんだ。
でも、ばれたついでに白状してしまおう。ぼくは怖がりで、小心で。
「ぼくの、そばにいて…ください…高志さん。ひとりは、やだ…。」
加えて実は、かなり甘えたがりだ。甘える相手がいないから、ずっといじけてただけなんだ。
「素直でよろしい」
高志さんは、ぼくの髪をくしゃくしゃにして頭を撫でながら言った。
「迷惑なんかじゃないよ」
「……」
「そうだ。元気になったらカラダで返してもらおうかな。早く元気になって、ガンバってもらおう」
かっと顔が熱くなる。
カラダでご奉仕する場面を生々しく想像してしまう…。
「た、たかしさん」
「病人に、ンなこというわけないだろ。優しいおれがさあ」
「言ってるじゃないですか…」
すると高志は、優しくこういった。
「いいから、迷惑なんかじゃない……迷惑、かけてほしいんだ。克紀」
じっと見つめられると、ぼくは別の意味で息が苦しくなる。刺激が強すぎて。
「ところでかっちゃん。おれ、謝らなきゃな」
「なんですか?」
「お前の下宿のドア、蹴破っちまった。あとで直しとくから、ごめんな」
大部屋だというのに、ぼくらはとなりのベッドの人に聞かれるのもかまわず、消灯までいちゃいちゃとしゃべっていた……。
〔君の瞳に3〕
おやじ部屋
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