手をつないで眠ろう 2 00/12/25
クリスマスの25日、といえば5のつく日、しかも月曜日で、当然忙しい。
朝一番に、以前アプローチしたお客が、「やっとボーナスが出た」と定期預金をしにきてくれた。金額は多くなかったけどすごくうれしかった。
ぺらぺらのカレンダーを配りに、その人の会社に行ったのは先月だった。
定期預金なんて利息もないも同然だから絶対ダメ、ボーナスはでるかどうかわからないし、出ても気楽な郵便貯金にするわ、なんてきついこと言われたのが印象に残ってたので、これはうれしい驚きだった。
うれしくて、思わずノベルティを多めに渡してしまった。
貯金箱はいらないといわれたけど。後ろの代理さんは忙しそうで見てなかったし、まあこれくらいいいよな、と思う。
そのとき貸付のほうの入り口から、坂東さんがロビーに出ていくのが見えた。
なにか書類を手にしている。気のせいか、少し顔色が悪いと思った。
おれは視力が2.0だから、遠目が効くんだ。
珍しく坂東さんは紺色のスーツを着ていた。シャツは白、ネクタイは縞模様と、まるで銀行員みたいな殊勝な(銀行員だけど)格好だ。
大抵坂東さんは、少し色の入ったシャツを着ることがおおいけど、そういうすごく真面目そうな格好もいいな、と思う。
仕事中は目で追うなと言われてるけど、妙に硬い表情が気になって、ついちらちらと見てしまう。
ロビーの一角の応接コーナーに向かうのを見てると、相手はまだ若く、顔色の悪い、小柄な男だ。見覚えがある……このところ閉店ぎりぎりに、店頭に手形の入金をしに来る、洋品店の若主人だ。
入金が間に合わなければ不渡りを出し、二回不渡りを出すと倒産だ。
そのお客は一度も出したことがないが、かなり危ないことは確かだった。
そのとき、こちらを見た坂東さんと目が合った。
やっぱり硬い表情だった、そして何かを訴えるような目だった。単に
「誰かお茶を淹れて」と言ってるのかもしれなかったが。
目の前の客をさばいておいて、おれは立ちあがった。
「すみません、ちょっとお願いします。すぐ帰りますから」
先輩のテラーは「この忙しいのに」という顔をしたが、おれはかまわず給湯室に急いだ。そして速攻で茶を淹れ、ロビーに出た。
「失礼します」
坂東さんの客の前に茶を置くと、「男が茶をいれるのか」と驚かれた。そう、ここでは男も茶をいれるんだ。 支店長の方針だしな。
坂東さんは少しだけ、ほんとに少しだけおれに笑顔を向けた。
茶を出すと、自分の持ち場に戻り、仕事を再開した。
そういえば今日は、貸付の役席は休みだった。年末なのに不祝儀だということだった。
年末は物騒で、強盗も多いから気を付けるように、と支店長からお達しがあったのが、やっと今朝になってからだ。
遅れ馳せながら、机の下の非常ボタンも確認させられた。
いらっしゃいませ、と声のかかる店は、強盗しにくいなんて、嘘っぽい話もしていた。
そんなもんかなあ。 いまどきは、手っ取り早く現金輸送車を襲うんじゃないかと思う。
ここは窓口に、強そうな男の子がいるから安心よね、なんて隣の近藤さんが言ってたっけ。 おれのことだ。 見掛け倒しの用心棒ってやつか。
突然、大声がロビーに響いた。
びっくりして顔を上げると、さっきの客が立ちあがって何かわめいていた。坂東さんも立ちあがって、何か必死になだめようとしている。
その辺にいた客も驚いて、見るともなくそちらを見てる。
「大きなとこは助けて、小さなとこは見殺しにするのかよ!」
客はそう叫んだ。
坂東さんは懸命に何か言ってるんだけど、聞こえない。おれは思わず腰を浮かせていた。
「こんなもの!!!」
若い客は、テーブルの上にあった書類をびりびり引き裂いた。融資の申し込みを担保不足で断られたんだろうか。
そこまではまあ、普通だった。大声を上げるのは普通でないにしても。
融資が断られて、自分の店がつぶれるとなったら逆上するなというほうが無理……。
「ばかにしやがって、ちくしょう!」
客の手に、何か光るものが見えた。坂東さんに跳びかかる……坂東さんは逃げようとして転んだ。 それを見たとき、頭の中が爆発した。
次の瞬間おれはカウンタに跳びあがり、透明なパーティションを蹴破ってロビーに飛び降りていた。
坂東さんにのしかかっている客は、ノドもとにナイフを付きつけている。坂東さんは懸命に男の腕を掴み、持ちこたえていた。
後ろからそいつを抱えこみ、なんとか坂東さんから引き離すことには成功した。
でも切れた客は狂ったように暴れ、小柄なのに、思いがけなく力が強かった。
「殺してやる」
そいつは低くうめいて、おれに向かってナイフを構えた。
なんでなんだ、足がすくむ。動けない。
「平良!!」
悲鳴のような坂東さんの声……。でも動けない。おれは気が弱い。
喧嘩なんかしたことがないんだ。
男はまっすぐに、こっちの懐に飛び込んできた。
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