Home Sweet Home 4    01/03/20


 くすぐったくて目が覚めた。朝になっていた。
「小川さん」
 胸の上にやっぱり崎田の大きな頭が載っていた。
 目があうと、「おはよ」と微笑んだ。
「まだ・・・いたのか」
「いたのか、って小川さん・・・途中で寝ちゃうんだもんな。ひどいよ」
「そうだっけ」
 ごめんな、とおれは素直に謝った。
「ま、無理ないっすよ。3回目だったし」
「・・・・」
「全弾撃ち尽くすまでやりたかったですけどね、その前に小川さんがのびちまったですね」
 こんなに眠ったのは、久しぶりかもしれない。
 

 まるでいとしい恋人にでもするように、崎田はおれの口にキスをした。
 それからまたおれの胸に顔をよせ、指でなぞるような仕草をした。
「崎田?」
「大樹。おれの名前。大きな樹、と書いて、ひろきって読むんですよ」
 ぴったりの名前だと思った。確かに崎田は大柄なやつだから。
「おれの家のそばに、摩耶神社って古い神社がある、そこの境内にいちいの木があるんすよね。樹齢400年だか500年だか、とにかく古い木で」
「うん」
「お参りしてから木の根元で三度交わると、元気な男の子ができるという、いいつたえがあってね」
「うん?」
 妙な話だ。
「だからおれは、その木の下で仕込まれた子供なんです。おかげでこのとおりの男前に育ちましたよ」
 どこまで間に受けたらいいものか。
 神社の木の下で、青姦か。
 で、それを息子の名前に付けるってか。

 おれは真面目くさった崎田の顔を見つめ、笑うに笑えないでいた。
「い、いろいろ伝統のある土地柄なんだな」
「そうなんです」
「・・・・・・」
「今の話は冗談です」
 そりゃそうだろうな・・・崎田は澄まして言った。


「おれの名前は・・・庭に大きないちいの木があってね」
「うん。こんどはホントの話か?」
「いつからあるのかわからないくらい、古い木です。じいさんはその木を大事にしてた。それで、孫のおれに大樹と名前をつけたんです」

 崎田は、尖った長い顎で、おれの胸に字を書いた。
「大樹のように、しっかりした男になって、世の中のために働くようにって。じいさんが生きてたころは、よく言われたもんです」
「かなり名前負けしたな」
「そうかもね」

 崎田はふと微笑んだ。
「20のとき、酒のんで山ん中でバイクとばしてて、カーブ曲がり損ねて、ガードレールにぶつかっちまったんです。おれは途中で木に引っかかったけど、バイクはそのまま落ちていって、崖の下で燃えてました。
「その道ってあんまり車通らないんですよね。真っ暗で、痛くて寒くて、このまま死ぬのかって思った。 そのときにじいさんの言葉を思い出したんです。大樹のような男になれって言われて育ったのに。 おれは20年間生きて何をしてきたんだろって」

「うん」
「神様に祈りましたよ。今までのことは反省します。大酒も飲みません、街で女ナンパして、アパートに連れこんで無理矢理犯したりしません、友達とらりって乱交パーティもしません、ハッテンバにもいきませんからって」

「ど〜いう生活してたんだよ、お前」
「そういう生活してたんです。とにかくそういうことは止めます、まっとうに生きて、世の中のために働きますから助けてください」
「ふん」
 崎田は微笑んだ。
「そしたら……神様の使いと言うか、たまたま立ちションした人がいてね。気づいてくれたんです」
「よかったな」
 

「小川さんはなにやって家追い出されたんですか? 誰にもいわないから言ってみてください。話すと少しは楽になるもんですよ」
「……おれは最低の野郎なんだよ」

 セックスをしたあとの気の緩みからか、おれは崎田に気を許してしまっていた。

「おれは最低の奴なんだ。マザコンでホモで、女房子供も守れないやつなんだよ。 息子が自閉症なのに、女房一人に全部しょわせてたんだ。 女房はおれがホモなのを知ってて、黙っていてくれたのに、おれはあいつを裏切ってハッテン場に行っていたんだ……」

 崎田は黙って聞いていたが、しばらくして「別れちゃいなさい」とつぶやいた。
「な、なにを……」
「そう。こうなったら別れるのは簡単でしょう。息子さんはきっと奥さんが連れてくだろうから、手切れ金と養育費ちょっぴり渡して、肩の荷下ろしてさあ」
「…………」
「でもっておれと楽しくやりませんか?無理してそんな、好きでもない女といることないよ」
「だ、だめだ」
「世間体なら。いまどきバツイチなんて珍しくもないですよ、そのへんにごろごろしてますよ、小川さん」
「おれは、子供が可愛いし、女房も大事に思っているんだ」
 小川は頭を掻いて苦笑した。
「あほらし。そんな変な子供育てて、なんになるんです? お荷物になるだけ、なんの将来性があるわけじゃな……」

 堪え切れなかった。

 反射的に、崎田の顔に平手打ちを食わしていた。崎田の血色のいい頬が、よけいに真っ赤になっていく。

 しばらくおれを見つめていた崎田は、いきなりカン高い声で叫んだ。
「ぶったね! 親父にもぶたれたことないのに!」

 おれは唖然として崎田の顔を見ていた。
 ふ、と崎田は笑って言った。
「アムロ・レイの名せりふでした。 知ってるよね」
「…………知るか」 
「あんたが腹ん中で思ってる本音、代弁してやったんだよ、小川さん」
「出ていけ。 出ていってくれ」
「ったく親切のわかんないおっさんだな……もう好きにすれば? したいようにして、人生ぼろぼろにすればいいんだよ」

 そう言い捨てて、崎田は立上り、手早く服を着けると、ジャケットを乱暴に掴み、どかどかと出て行った。
 時計を見ると、8時だった。
 窓の下を朝の喧噪が通り過ぎていく。

 したいようにする。好きにする。
 その言葉が、おれの頭にかかっていた霞みを飛ばした。

 おれはとび起きて、服を着た。ネクタイは締めなかった。そしてコートをひっかぶって、部屋を飛び出した。

 会社にはいかなかった。
 おれは久しぶりに定期券を使い、家に向かう電車に乗っていた。
 家族を取り戻すために。


ラストへ。

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