Only You 11 2002/3/31
夜明け前、寒くて目が覚めた。
隣で、坂東さんが寝てた。
しばらく頭が混乱した状態で、坂東さんの寝顔を見つめていた。 布団からは白い肩がはみ出していた。
坂東さんてばガイジンみたいだ、裸で寝てるなんて。 と思ったら、おれもフルモンティ状態で寝てたんだった。
瞬間、自分がやったことを思い出す。 おれが脱がしたんだった。 それだけじゃない、いやがってる板東さんを力ずくで……。 タチが好きな坂東さんを、ネコにしてしまったんだ。
どうしよう。
起きたら板東さんはなんて思うだろう。 しらふに戻ったおれの心臓は、ドッコンドッコン音を立てはじめた。
固まってるわけにはいかない、おれは勇気を奮い起こして、坂東さんのおなかに張り付いてたティッシュを、そおっと取った。 これはおれが貼り付けたのだ。
この、ふざけた後始末の有様を見たら、几帳面な坂東さんがなんと言うか…。
それから、ベッドの下に落ちてたティッシュやら、あやしげなカタマリ(中におれの消費したゴムがあるはずだった)をそっと拾って、台所に持っていって、大きなゴミバケツのなかに捨て、とりあえず見苦しいものは周辺から撤去する。
冷たい水を一杯飲んで、からからの喉を潤して、気持ちを落ち着ける。
考えてみれば、坂東さんは昨日、すごく優しかった。 酔った勢いで無理を言うおれを、全部受け入れてくれた。
大丈夫、大丈夫だよって、励ましてさえくれたじゃないか。
朝になったからって、怒っておれを蹴飛ばしたりはしないだろう。 坂東さんの横で寝なおすことにしよう、坂東さんの肌の感触、それから…優しく励ましてくれた声とか、イクときの表情とかを思い出しながら、隣に眠る坂東さんの体温を感じながら…。
ふと、机の上で小さな音がした。
携帯電話だった。 このごろは、明け方決まって出会い系サイトのメールが入ってくる。 着信がうるさいから音は消してあったはずなのに。
おれは携帯を取り上げた。
それは、出会い系サイトからの勧誘ではなかった。そんなのんきなものではなかった。
「またあんたとやりたい。 あんたもほんとは喜んでたんだろ。 今度はサシであんたの臭くてきったねえ尻に突っ込みたい、おれの……を……」
あとは、読めなかった。 送信者を確認する元気もない。
足元の床がどろどろになって、おれを飲み込んでいくようで、天井も揺れて見える…苦しい…。
あのときの高校生は、そんなふうに、繰り返しおれをあざけっていた。 自分のパシリにおれを襲わせながら、おれを犯しながら、くせえ、きったねえって笑ってた。
おれは汚いのか? 臭いのか?
…汚くなんかない。 汚いというやつが汚いんだ。
「大丈夫、おれは、おれは強い…。 苦しいのは生きてる証拠だ。」
世話になったお医者さんに教えられた言葉を、声に出して繰り返す。 先生は覚えこませるように、診察のたびにこういってくれた。 きみは何も悪くない、苦しいのは生きてる証拠だと。
「おれは、なにひとつ悪くなかった、だから、いつまでも傷つけられてる義務もない…」
先生も言ってたじゃないか。
一生残る心の傷なんてのは、あれは、うそだ。 つまんないマスコミの常套句だ。
どんなことだって少しずつ忘れていける、だんだん思い出す回数が減って、だんだん霞んでいって、いつか全然思い出さなくなる。 そうやって元気に生きていける、これが克服したってことなんだ。
人間はそういうふうにできてるんだ。 先生はそういってた、おれもそう思った。
そうして生きてきて、愛してくれる人を見つけたんだ。
おれはそのわいせつなメールを削除して、携帯の電源を切った。
こんなもの見ても、おれは傷つかない。 きれいさっぱり忘れてやる。
おれは、平気だ。
携帯を机に置き、顔を上げて、優しい寝息を立ててる坂東さんを見つめた。 まだ薄暗い部屋の中で、そこだけほの白く見えた。
おれはすっかり冷えてしまった体を、そっとベッドに滑り込ませた。
部屋の隅で、平良がうずくまっていた。 薄いグレーのトレーナーやジーパンは泥だらけで、あちこち破けていた。 まるで…リンチでも受けたような有様だった。
頬にひどいあざが見えた。 額にも怪我をしていて、乾いた血がこびりついていた。 あんまり驚いてしばらく声が出ない。
おれに気づかない平良は、ひざの間に顔を埋めて、傷ついた獣のようにうなっていた。
「たいら!」
「はい?」
すぐそばで平良の声がした。 幾分腫れぼったい目がおれを見つめている。
「怪我は、怪我は…大丈夫なのか…平良」
さっきのは夢だったのだと納得し、現実感を取り戻すまでに数秒を要した。 不思議そうにおれを見る平良の顔は、まったくの無傷だったが、妙に泣き出しそうに見えたからだ。
「怪我はもう大丈夫です…傷跡、ハゲてますけど」そう言って平良は笑った。「また寝ぼけてるんだ、坂東さん」
「あ…ああ」
おれは平良の顔を撫でた。 よかった…。 なんともなくて。
「夢見てた。平良がひどい怪我してる夢…なんともなくてよかった。」
「おれの夢見てたの?」
「そうだよ…怖かった。」
平良は照れくさそうに笑った。
「おれが怪我するのが怖いですか?」
このヤロウ、と頬をひねりあげた。痛そうに平良が悲鳴を上げる。
「痛いかっ」
「痛いデスウ。先輩、止めてっ。」
やつはでかいなりして、頼りない声を上げた。おれはやつを痛めつけるのをやめた。
「頼むから元気でいてくれ…でないとマジ、心臓に悪いんだ……」
「またあ…そんなに甘やかしちゃダメですよう」
平良は、おれの胸に顔を押し付けたまま、口ごもった。そのままおれの股間に手を伸ばし、妙な動きを始めるもんだから、おれは平良の肩甲骨の間をくすぐってやった。 肩も弱いけど、平良はこの辺りもかなり弱い。
「ゆ、許してっ…そこはっ」
「いたずらするからだ」
「触るくらいいいでしょ?」
つまらなそうに平良はおれを見上げる。 この、お預けを食った子犬のような目には、おれのほうが弱い。
平良はこんな顔して、けっこう強い。 何度でもできるほうだけど、おれはとてもそうはいかない。
「また…したくなった?」
「うん」
「触ってもいいけど…無駄だと思う。 逆さに振っても鼻血も出ないよ」
「そうかな? そうでもないみたいですよ」
少し反応を見せたおれのを見て、平良ははしゃいだ声を上げた。それから子供みたいにうれしそうに(子供はこんなことはしないが)おれの前に顔を埋めた。
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