Only You 19      2006/05/10



 平良のアパートを出て5分も歩けば、幹線道路沿いのバス停に着く。
 時刻表を確認すると、10分ほどで駅前行きのバスが来るようだった。本数が少ない田舎のバス路線で、10分待ちで乗れたら上等だ。

 平良の携帯は旧式で、ずしりと重く、カメラもついていなかった。
アバズレた生き方をしてきたが、他人の携帯を覗き見るのは初めてだった。親書の開封。個人情報の保護。親しき仲にも礼儀があるというのに。
 これを知ったら平良はおれを殴るだろうか。それとも、殴りつける値打ちもないと背を向けて、立ち去るか?

 気分が悪くなりかけたが、持ち出してしまったのだから、後悔しても遅い。おれは通話の着信履歴を覗き、メールの受信箱をかたっぱしから読むという、最低の行為に及んだのだ。
 おれからのメールに混じって、「元気か? ギンコーはどうよ」などという軽い調子のメールもあった。多分、大学の同級生でもあっただろう。
 おれの新しい同僚となった山下から、『こんどうちに来た坂東さんって、どんな人? 与信お願い』というメールもあった。信用できる相手かどうかというのだ。それに対する答えはなかった。平良は、携帯メールが苦手だから電話をしたのだろう。

 そういう平和なものだけならいい。
 毎日、少なくとも3回は、同じメールアドレスの受信がある。
 そいつからのメールは、すべからく『Re:』、内容は『平良さん、あの時はほんとに盛り上がりましたね。でも今度は二人だけで遊びませんか? あのときの写真は大切に取っていますよ』だった。
 相手の名前は、気色悪いことに「チェリーボーイ」。
 最新のメールは、昨夜に届いていた。
『平良さん、あんな貧弱なオカマのどこがいいんですか? 顔も爬虫類みたいだし』
腹が立つのを通り越して、恐怖に胸が苦しくなった。どこの誰かは知らないが、平良に執着している男がいて、そいつは平良の周辺をかぎまわり、おれの存在を知っている。

(警察へ!)
もう限界だ、110番を押そう。警察に行って相談をする。で、どう言えばいいんだ。
「わたしの男の恋人がストーカーに脅されています。わたしのことも調べているようで、彼はすごく怖がって落ち込んでいます。助けてください」ってか。
できるわけない。ホモの痴話げんかだと珍しがられて終わりだ。何よりも、本人が警察沙汰にするのを嫌がっている。
おれは混乱した頭で、平良の携帯で、その「チェリーボーイ」に対する返信メールを打った。

『オカマで貧弱な爬虫類とは別れたから。これから会えないか?』
返事は、10分ほどして返ってきた。
『うれしいですね、平良さん。どこで待ち合わせしましょうか』

人がいる場所、何かあったら逃げられる場所といえば、手っ取り早く駅前だ。
『今日10時に、そごうの2階入り口、時計の前』
開けて見通しがよく、頃合にいつも人がいる。
『わかりました』
返信を終えた頃、ようやく駅前に着いた。おれはバスを降りて少し歩き、雑居ビルの一階にある、小さな喫茶店に入った。そこから待ち合わせの場所までは、3分もかからない。

コーヒーを頼むと、頼みもしないのにモーニングセットがついてくる。それを苦労して少しだけ飲み込み、あとはあきらめて、店内に掛けられている絵を眺めていた。コーヒーは濃く、香ばしく、冷たくなった手を温めてくれた。
なんだか自分が自分で無いような気がする。誰か知らない人間を呼び出してセックスしてたときも、これほど恐ろしいなんて思わなかった。

これが同僚の一人とかなら、おれは指一本動かしはしなかった。ストーカーを呼び出すなんて恐ろしいまねはしなかっただろう。
(平良と会わなかったら、おれは今でも誰とでも寝てた。自分を大事になんて思いもしなかった)
大丈夫だ。きっとなんとかなる。おれはそう自分に言い聞かせた。
そして、きっかり9時45分に店を出て、まっすぐ待ち合わせ場所に歩いていった。


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