Only You 20                              2006/05/14



そごう2階、駅側の入り口に来た。
老夫婦が一組、物憂げに開店を待っている。小さな子供を連れた若い母親、中年過ぎた女性のグループが、並ぶともなく並んでいるのは、これも開店を待っているのだろう。

9時59分、そごうの入り口壁面のからくり時計が、唸るような音を立て始めた。
「ほら、お人形が出てきて踊るよ!」
先ほどの母親が、飛び回る娘を捕まえて、抱き上げた。
チャイムが鳴り始めた。恐ろしい金属音が、リンゴン、リンゴン、リンゴンと10回鳴る。
その後、能天気な音楽にあわせて、時計からさまざまな肌色の人形が飛び出して踊る。3分ほどもそのショーは続き、唐突に止んだ。

開店を待っていた客たちは、とうにいなくなっていた。親子連れはデパートとは反対方向に歩いていった。

おれは一人になった。5分待ったが、誰も現れない。
(帰ろう)とおれは思った。
ストーカーに会って説得なんて、無理だ。最初からわかってたことだ。せいぜい逆切れされるだけだ。
(勝手なことをしたことを謝って、どんなに心配してるかを話すんだ)
そうしたら平良もきっと心を開いて、ちゃんと事情を話してくれる。

「あれ? 坂東さん?」
声の主を見上げると、桜間がいた。目を吊り上げて、口元だけで微笑んでいる。
「同じ服着てる。お泊り、ですか?」
おれは一言も発さず、回れ右をして逃げた。

「どこ行くんですか!」
桜間は追いかけてきて、おれの前に立ちはだかった。怒ってる。そうだろうな。ホテルに入ったとたん逃げられたら、誰だって腹が立つだろう。だがおれは開き直った。

「ホテル代置いといただろ。それで我慢しろよ」
そういい捨てて逃げようとしたのに、やつはまだ追ってくる。開き直ったのはまずかったか?
桜間の険悪な目つきときたら、まるで蛇みたいだ。
「もう許してくれよ。悪かったよ、桜間」
なんだかいろいろありすぎて、息切れしそうだ。おれの日常って、なんかこじれてないか? いったい何が悪いんだ。

「先輩、呼び出しておいて帰るんですか?」
ヘビ男が叫んだ。自分が阿呆になったような気がした。
「別におれは、お前なんか呼び出してない」

桜間は胸のポケットから携帯を取り出し、メールを打ち始めた。直後に、ポケットに入れた平良の携帯が震えた。
開けてみると、メールが届いていた。差出人はチェリーボーイ。用件は、「また遊びましょう、平良さん」だった。
あいた口がふさがらない。なんで桜間みたいなやつが、こんな頭の悪いことをしてるんだ。
「お前が?」
桜間は声をあげて笑い始めた。
「坂東さん、鈍すぎ。会った瞬間気づかないかなぁ」

おれは桜間をにらみつけた。
「どういうつもりだ。平良に嫌がらせして、何の得になるんだ!」
「ただ友達になりたいだけですよ」
こいつは馬鹿だ。立派な大学出ているけど、精神的にガキなんだ。
「平良と友達になりたい、だぁ? 逆効果だろうが。しつこく変なメール送りやがって、世間じゃそういうのを、ストーカーというんだ。もうやめてくれ!」
「もうやめてくれ、か。あなたたち、できてるでしょ」
おれは絶句した。
「何を証拠に」
「わかりますよ、それくらい。同類だって言ったでしょう?」

おれは平良の携帯を握り締めた。これで殴りつけたい。
「そんなら話は早い。平良にちょっかいを出すな、迷惑だ」
若いカップルが通り過ぎるのも気にしてはいられない。
桜間は余裕たっぷりに微笑んだ。
「はじめにぼくにちょっかい出してきたの、平良さんのほうですよ」
「え?」

「銀行に入るずっと前。平良さんは多分大学生で、いい男だったよ。物ほしそうにぼくを見て……」
「それ、お前の願望じゃないのか?」
「願望じゃない。証拠のテープもある」
さっき食ったドーナツが胃を逆流しそうだ。いっそ何も食わなきゃよかった。
「嘘じゃないですよ。見に来ますか?」
「イヤだ」
「坂東さんがうちに遊びに来てくれたら、ビデオも処分して、もうメールも出しません。悪い話じゃないでしょ」

桜間に投げる軽蔑の言葉が、どうしても見つからない。
「要するにおまえは、誰でもいいんだ」
「そういうことになるかな。でも、来てくれないのなら、あんたちのことを父に知らせてもいい」
こいつのおやじは、同じ銀行の重役だ。そのおやじに言いつけるつもりか。
「顔色変わりましたね。どうします、坂東さん」
おれは、平良の携帯をポケットの中で握り締めた。
「ここの裏に、車を止めてあります」



駅前から国道11号線を北へ走る。
大河を見下ろす吉野川大橋を渡り、川内町の交差点で西へ左折し、北島町、応神町、藍住町を走り抜ける。すべて吉野川の恩恵を受けた、デルタ地帯の一部だ。
さらに半時間ほど走ると、桜間の家に着いた。


桜間の家は、昔の庄屋のお屋敷といった雰囲気だ。巨大な蔵もある。
中にはいると異様に庭が広い。
フリスビーも、ちょっとしたサッカーもできそうだ。
「ここで昔、藍をこなしたんですよ。だから広いんです」

桜間は引き戸の鍵を開けて、古風な灯りをつけた。そして、先にたって家の中を歩いた。
屋敷は異様に立派だが、湿気がこもってかび臭かった。その暗い座敷を、ちらちらする暗い蛍光灯が照らしている。
いろいろなもので押し拉がれそうなほど、歴史のにおいがする。

黙っているとよけいに不安だ。
「広いから管理が大変だろう」
「大変、というか、管理できてません。ぼくは独身寮だし、父は徳島市内のマンションに居ます。一ヶ月に一回風通しに来るだけで、もうすぐお化け屋敷です」
「更地にしてマンションでも建てたらいいのに」
「重要文化財だそうで、それもできません」
「そのうち放火でもされないか? 県に買ってもらえばいいいのに」

桜間はふいに笑った。
「余裕ですね」
「何が」
「いや、何でも。あ、ぼくの部屋は2階です。階段が滑りやすいから気をつけて」
桜間はまだ笑いながら、狭くて急な階段を上っていく。板張りの階段だが、年季の入った光り方をしている。昔は女中が磨き上げていたのだろう。

2階もやはり雨戸を閉め切っていて、明かりをつけないと真っ暗だった。
「雨戸を開けないのか?」
「そうしてほしいですか?」
おれは黙り込んだ。
その間にもやつは、テレビの電源を入れ、ビデオテープを引っ張り出してきた。
「面白いものを見せてあげますよ。あなたにも楽しめるはずです」
桜間はそう笑って、ビデオデッキにテープを入れた。

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