Only You 3
日曜の朝、おれは愛用のバイクにまたがり、エンジンをかけた。
休日は寝癖頭で一日いることすらあるが、今日は事情があり、いつものように整えた頭にヘルメットをかぶる。
しかし、デートではない。ましてや休日出勤でもない。いっそお仕事してたほうがシアワセかもしれない。
空は青い、山のほうは紅葉が見ごろだそうだ。 いっそ徳島自動車道をつっ走って、どっかトンズラしたい。
ぶっぶー、と鳴らすやつがいて振り向くと、白いアコードワゴンに乗った坂東さんだ。
いつもどおり髪はさらさら、顔色麗しく、車の窓から顔を出し、にやにやしながらおれをみてる。
「おっはよ」
「……おはようございます、先輩」
「夕方って雨になるらしいよ。バイクじゃ辛いだろうから、乗せてってやるよ。」
「いえ、かっぱがあるから大丈夫っす」
「乗せてってやるから。……てか、逃げられたら困るし」
おれは少しだけむっとした。 逃げるなんて、人聞きが悪い。
「おれも男です、逃げも隠れもしませんっ」
「じゃあ、アツシちゃん、衣装はドコ? お借りしたお衣装はどこなのかなあ?」
「あがっ……」
ぐっと詰まる…衣装は家の中だった。 いやだいやだ、と思ってると、無意識に忘れてるのだ。
「忘れてた。」
「お部屋に取りに帰っておいで、平良くん。 とにかく、おれが護送してやる。途中でどっか消えられたら困るからな」
先輩、そんなにうれしそうなのはなぜなんだ。
おれは、正直言って逃げたい…。 これがおれの車なら、無理やりラブホにつっこんでやるのに。 たとえぶん殴られたとしても。
しかし坂東さんの車は、高速をひたすら突っ走り、まもなく高速を降りて、紅葉の山の中に分け入っていく。
一時間もしないうちに、おれたちは銀行の保養所についていた。
保養所といっても、本当は研修施設なのだった。 新人研修のときは、ここに一月も缶詰になった。
そして、外にはりっぱなグラウンドまであり、行内のスポーツイベントにも使われる。
そして研修中は毎朝、ここを何周か走ることになってる。 おれはぶっちぎりで走ってやった。 (しかし体力バカと笑われただけであった。)
門のところで、しょぼい看板がおれたちを迎えた。 ピンクのティッシュで作った花をいっぱい飾ってある。
「未来へジャンプ、平成13年全行フェスティバル」
クサい、クサすぎる………。 去年はたしか、希望、はばたけ。平成12年全行フェスティバル、だったような。
そのまえはなんだっけ。……タイトルはちょっとずつかわっても、結局、各支店対抗の演芸大会にはかわりはない。
入行した年は、巨人の星をやった(古い。) 得意先係の塩野次長(変態おっさん)が星飛雄馬で、おれは番忠太だった。 星イ、番!と抱き合い、そのあとみんなで巨人の星を大合唱した。
去年はエプロン付けて、みんなでおはロックを踊った。
……。 年々歳々、辛いものになっていくような気がする。 しかも他の支店の出し物も、負けず劣らず変態っぽい、これを見るときっとお客は預金を解約してしまうだろう。
固まって動かないおれを、後ろから先輩がつつく。
「平良? 大丈夫か?」
「え?」
「目開けて気絶してるんじゃないかと思って。」
「いえ、もうここまで来たんですから、そんな女々しいことはいいません。 やるときゃ、やります。」
たとえ阿波踊りの女踊りであってもだ。 ケダシ(腰巻)から毛脛をちらつかせて踊るのだ。 もう何でもやってやる。
……そういえば、足も剃ってきたほうがよかったかな。
「先輩……この場合、足、剃ったほうがいいですか」
すると坂東さんは楽しそうに笑った。
「もったいないから剃るな」
控え室に行くと、得意先係の塩野次長がにこやかにおれを迎えてくれた。 いつもより機嫌がいい、こいつが今回の出し物の発案者だ。
他の出演者も、美容師の手で、着付けを始めていた。 プロの美容師を頼んでまでコレをやろうという、塩野次長、あんたが怖い。 でも塩野次長も女踊りに参加するので、おれたちには文句がつけようがない。
「こちらへどうぞ」
「おれ平良、おまえの番だよ。キレイにしてもらいな」
おれはおとなしく脱いで、パンツとランニングだけになり、持ってきた足袋を履いて、着付けをしてくれる美容師の前に立った。
まず両腕に手甲を着せてもらって、毛深い腕を一部隠す。
それから蹴出し。 つまり、腰巻だ。 赤いコシマキ、というのを、おれははじめて身にまとった。 これは支店の女性行員が、生地を買ってきて縫ってくれたものだ。 なんだか柔らかい生地が脚にからみついて、いかにもいやらしい感触だ。外で踊ったらこれが風にひらひらして、チラチラとふくらはぎが見えるという代物だ。
その上に踊り衣装を重ねる。まあこれは男も女もデザインは一緒なので、男物を借りた。
美容師はここで着付けをやめた。
「じゃ、お顔を作りましょうね。まずお首から。」
……もう何も考えないことにしよう。
一番つらい日も、いつかは暮れるのだ。 あとで笑える日もあるさ。
「本格的だな、平良」
坂東さんはもう着付けを終わっていた。 女の着物がすごく似合っている。 細い胴に、きりきりと胸高に締めた黒い帯、白い着物を片肌脱いで……うう、ぞくっとする。
あのうなじがどんなにすべすべしてるか、どんなにいい匂いがするか、おれは知ってるんだ。
「きしょい……かな」
なんて、ちょっとはにかんで笑った。きしょいどころじゃない。色っぽすぎて困るくらいだ。
「坂東さんは化粧してもらわないんですか?
「そういえば。 すみません、おれにも塗ってください」
おれたちは並んで塗られることになった。
念入りに首を塗られ、そのうえで、しっかり化粧をされた。 目の上も赤く塗られた。 唇を塗ってもらうときは息をとめてしまう。 押さえつけられてまつげも塗る、これではまるで拷問だ。
「まつげ長いんですね。 エンピツ乗せられそう」
まつ毛も長いけど、おれって毛深くて、チ●毛も多いんですお姉さん。以前はそれがいやだった。
でも坂東さんはおれのヘアリイな手足を好きで、すごく興奮すると言ってくれる。 夏の間はデートのたびに、ハーフパンツを着用したものだった。
助手席に座ると、ひざ小僧がむき出しになる。 すると坂東さんは喜んで、ハーフパンツの中の太ももを撫でて毛の感触を楽しみ、さらに助平なふるまいに及ぶ。 ついには「辛抱たまらんわ」などとうめいて、愛車の白いアコードワゴンをそのへんのラブホに突っ込んでしまうのだ。
たとえこんな状況でも、坂東さんは有能な銀行員なので、ちゃんと割引してくれるところを狙っている。
スネ毛大好きな坂東さんは、だが、長すぎるチ●毛はだめ、なんて言う。
「お兄さんがきれいにカットしてあげるからね」
風呂場で剃刀を使ってカットされてしまうんだが、カットするだけでも、しばらくちくちくして痛い。 そのたびに坂東さんにいろいろされたことを思い出し、鼻の下をのばすおれなんだ。
楽しい妄想にふけっていると、坂東さんを塗ってる美容師が声を上げる。
「お化粧映えするから、薄くしときますね。 ホントお肌きれいですね」
思わず横目でみようとして、こっちの美容師にぐいと顔を引き戻される。
おれのほうは最後に唇を塗り直し、グロスでてかてかに光らせて、やっとカベ塗りは終わりだ。
鏡の中のおれは、はっきりいってバケモノだ。 マスカラでまつげが長く見えるのが、かえって怖い。 小さい子だったら泣くんじゃないかと思うくらいだ。
顔をキャンバスにされたところで、着付け再開である。 浴衣を着て、黒い帯をぎりぎり締められるのだが、これは正直、苦しい。
それに問題は下駄を履いたときの、足の痛みだ。
何度か練習しただけだというのに、足の指の股がもう靴ズレ状態で、痛くてたまらない。
編み笠を被せてもらいながら、坂東さんの横顔をちらっと見た。
…………。 か、かわいい。 坂東さん。 頬がまるで、桃みたいに見えるじゃないか。 坂東さんの口ってこんなに小さかったのかな。あ、そうか。小さめに描いてるんだ…。 いつもよりぽてっとした唇に見える。
おれの粘っこい視線に気づいたか、坂東さんはわずかに首を傾けてこちらを見た。
「不気味だろ」
「いえっ…そんな…逆ですっ」
人目もかまわず、きれいです、と言おうとしたとき、塩野次長のだみ声が飛んできた。
「お、坂東。 似合うな。女形でもいけそうだな」
坂東さんは微笑んで見せたが、目は笑っていない。
「お願いしますよ、次長。 女装は今回だけですよ?」
次に部屋でお泊りするとき、このヒラヒラの衣装着て、化粧してほしいと言ったら……ただではすまないだろうな。
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