Only You 4
月曜日だ。 昨日は銀行のイベントでへとへとになった。 女物の下駄で爪先立ちになって踊ったから、ふくらはぎがまだ痛い。 すれた指の叉も痛い。
ステージでちょっと恥ずかしいハプニングがあったけど、一晩寝たら忘れた!
忘れた、といったらまた思い出しそうだ。 ああ恥ずかしい…。
でも、今日もいっぱい回るところがあるので、落ち込んでる暇はないのだった。
しかも、いきなり今日は、朝っぱらから(検査はたいてい朝来るが)日銀の検査なんてものが入りやがって、一階の営業室はぴりぴりした雰囲気になってる。
坂東さんも、今日はかなり顔色が悪い。おれをみても笑わない。
心配になって顔を覗き込むと、坂東さんは肩をすくめた。
「日銀さんは?」
「もう応接室に入ったよ。 あそこで女の子あごで使って…茶飲んで菓子食って……伝票運ばせて、おれたちが変なことしてないか見てやろうってわけさ。まったく…月曜日の忙しいときに…」
「……坂東さん、大丈夫ですか?」
「さすがに休日返上だと、こたえるよ。 そういうときに限ってこんなお客さんが来るとはな…今日中に家に帰れるかな、おれたち…」
そして、小さい声で付け加えた。
「大きな声じゃ言えないけどさ…そろそろこういうこともあろうかと思って…このあいだ、ちょっと小細工しといた。 なんかお土産ないと帰れないだろ?日銀さんも」
そのとき、応接室から日銀さんの一人が顔を見せた。 ネズミ色のスーツ来た、顔もねずみみたいなおっさんだった。呼ばれたらしい内勤の次長が、卑屈な笑顔を浮かべて寄って行く。
おれは両替のお金を受け取ると、いつもとおなじ重いカバンを抱えて外へ出た。
外の空気はさわやかだ、中で日銀オヤジにいたぶられるよりは、原付で走り回ってるほうがずっといい。…帰ってきてからどうなるかはわからないが。
おれは得意先係としてはかけだしだから、知らずにいっぱい下手なことやってるにちがいないんだ。
朝一番に回ったのは、老舗の薬局だった。 ここは奥さんがひとりで切り盛りしている。 ときどきご主人も出てくるのだが、ちょっとぼけていて話が通じない。
店の両替を届けること、昨夜の売り上げを預かるのが今日のお仕事だ。 けっこう近いんだから、自分で来ればいいんだけど、実はここはおれが飛び込みで、ライバル銀行から奪ったお得意先だ。
まだ定期預金とかはしてもらってないけど、じいさんの年金の受け取りとか、お孫さんの積み立て預金とか、いろいろしてもらってる、ありがたい得意先だ。
奥さんは、おれの顔を見るなり、「今日はなんか疲れてない? ギンコーさん」という。
「昨日ちょっといろいろあって…走り回ったんで。 でも大丈夫です。体力だけがとりえ…」
「これ、飲んで行きなさい」
「え?」
おばさんは、きれいなグラスに高そうなドリンク剤を空けた。そこにポットからお湯を注いで、おれに渡してくれる。
ドリンク剤っていうと、おれは安いオロナミンCくらいしか飲んだことがない。
「これはすごく効くのよ。錠剤もあるけど、こうやってドリンク熱くして飲むと、風邪なんか治っちゃう」
「あ…おれ、おれっ。払います。いくらですか? これ」
「これはサービス。だまされたと思って飲んでごらん」
その熱い飲み物を、飲んでみた。 ちょっと泥臭いみたいな匂いがしたけど、ほんのり甘酸っぱくて、いやみのない味だった。
「なんか…すごい効きそうな感じがします。 うまいっす…でもなんか、土臭いみたいな?」
「それが効くのよ。高麗人参なの、血圧の低い、血色良くないひとには特に…あ、あなたは血圧低そうじゃないけどね」
後ろから、じいさんが覗いて言うことがよかった。
「あんた、これは効くんでよ。 効きすぎて、ちんちんが硬あなるで。 仕事中にそないなったら、どないするで?」
奥さんは、ほとんど動じてない様子で、ぼけたじいさんをたしなめる。
「ま、おじいさん、いやらしい。ひっこんでなさい。ごめんね銀行さん。こんな話するときだけ頭がはっきりするみたいでねえ」
「いえ…その…美味かったです。ありがとうございました」
おれは笑いながら礼を言った。
「これ、何本か買って行きたいんですが…」
するとばあさんは、からかうようにおれを見た。
「銀行さん…おじいさんが言ったこと信じたの? そういう効果もあるかもしれないけど、一応、強壮剤じゃないわよ?」
「わわ、わかってますって。」
血圧の低い、血色の良くない人に、これを飲ませてあげたいからなんだ。 坂東さんも、ドリンク剤はあんまり飲まないけど、こうやって、お湯わりしたら飲んでくれるかもしれない。
今日一日、乗り切ってもらうために。
お菓子なんか買ったときは、食堂でみんなに食べてもらうけど、これは誰にも見せず……こっそり坂東さんだけに飲ませてあげるんだ。
渡した両替の分軽くなったカバンに、ドリンク剤の箱を入れて、おれは再び原付に乗った。
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