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Only You  5


 昼飯どきに店頭から戻ってくると、坂東さんはもう上がったのか姿が見えなくて、桜間が一人番をしていた。
 顔を伏せて何か事務処理をしているらしい桜間が、ふと目をあげておれを見た。 さっと立ち上がり、おれのためにドアを開けてくれた。 
「お疲れさま」
 おれはぶっきらぼうに、「お疲れました。」と吐き捨てた。 われながら最低に大人気ない態度だけど…。 桜間は気にもとめないようすで、「今日は体きついですね…でも昨日の平良さん、すげえ受けましたよ」と、いやにサワヤカに笑った。
「桜間くんも。女装がとってもお似合いだったよ」とおれは負けじとやりかえした(つもりだ)。 桜間はくすっと喉の奥で笑い、「おれも驚きました。変な趣味に目覚めたらどうしよ」と答えた。
 ……こいつ、きらいだ。 前から嫌いだったけど、だんだん嫌いになる。 これほど誰かを嫌ったことなんて、今まで一度もなかったのに。 意識しだすとよけいに意識して、まるでガキのいじめみたいなことをやっちまうのに、やつは全然動じもしない。 このスカシタ顔はどうだ。 瞬間風速的に、持ったカバンで殴ってやりたくなる。

 やつは、おれの顔をすっかり忘れてるにちがいない。 そうでなければ、自分が暴行を働いた人間を前に、こんなふうに冷静でいれるわけがないんだ。
 思い出すな、とにかく、仕事だ。

 流動性の後方事務に、得意先から預かった通帳を渡し、二階の食堂に行くと、あの能天気なお囃子が流れていて、(昔の)女の子が騒いでいた。
 
 いやな予感がするっ。
 テラーの林さんと、出納の井村さんが黄色い声を上げた。
「きゃあ坂東さんかわいいっ。似合いすぎっ」
「やん。桜間くんもきれい〜」

 ああやっぱり。 昨日の女装阿波踊りのビデオだった。きれいにお化粧をした坂東さんが、白い手をひらひらさせて踊っていた。
 さすが、子供のころから阿波踊りに関わっているだけのことはある…。 女踊りははじめてだと言っていたが(当然か)、うまい。本人は鳴り物をしたいと言ったんだが、変態次長が「踊れ」と強要したらしい。 手さばきに色気があって…いつもより手が、二割くらい細く見えるほどだ。 この手で、こんなふうに、いつもおれのを扱いてくれているんだ。
 踊る坂東さんのアップのあと、カメラは少し引いて、そのあと急にアップになった。 うっとりしかけた気分が、一気に現実に戻った。
「ぎゃ〜目が汚れるう」
「きしょい〜」
 黄色い声を上げている。 後ろを踊ってた変態次長に踏まれて、おれの着ていたケダシ(腰巻き)が落っこちたシーンだった。
 短く浴衣をたくし上げてたもんだから、脚は丸見え、パンツも丸見えの状態で、それでもおれは踊り続けている。 そうだ、どうして舞台の袖にでも逃げ込まなかったんだろう?
 
 ドアのところで回れ右をしようかと思ったが、とにかくおれの分の弁当は来てるんだから、これは食っていかねばならない。 こそこそっと弁当のところへ寄ろうとしたおれを、女性のカンが見逃すわけがない。
「きゃああ平良くんっ来ちゃったあ」
 女どもはおれを見てまた黄色い声を上げた。 ごめんよお姉ちゃんたち、悪いもん見せて。おれもまねをして、黄色い声を上げた。
「やだ。お願い。見ないでえっ」
 としゃがみこむと、姉ちゃんたちはまたきゃあっと騒いだ。
 だいたい今日は日銀の検査が来てるというのに、こんなことをしていていいんだろうか。 抜き打ちで、ここまで見にこられたらどうするんだ。
 でも二人とも先輩だし、年上だし、逆らうと怖いから黙っておこう。
 テーブルを見ると、いつになく気配を消した坂東さんが、黙々とうどんを食していた。 コンタクトレンズの調子が悪くなったのか、フレームのメガネをしている。 それに湯気がついて曇ってるのを気にも留めてないようだ。
「平良、今日は耐えろ」
「あれ? 坂東さん、今日はうどんですか?」
「ああ、ちょっと気分転換」
 顔色からすると、食欲がなかったんだろう。 でも、気分が悪くて食べられない、なんて、口には出さない人なんだ。
 おれはそっとポケットからドリンクの箱を出し、一本開けて、湯飲みに注いだ。
 ポットの熱湯でそれを薄めると、まっ黄色の液体から、まっすぐに湯気が立ち上った。 これをプラスティックのコップに入れると、まるで検尿みたいに見えてしまうから、湯飲みのほうがいいんだ。
「なに、それ? 平良」
「青枝薬局ですすめられたんですけど、坂東さんに飲んでもらおうと思って、多めに買って来ました。 元気になるって、店の奥さんも言ってました…血圧低い人にいいらしいですよ。」
 そっと坂東さんの前に出す。坂東さんの箸を持つ右手が止まった。
 うどんを箸でつまんだまま、固まったといったほうがいいかもしれない。 うどんの湯気で曇った目の表情は見えないのだが、機嫌のいい顔ではないようだ。

 いかん、気分の悪いときに、ますます気分を害させてしまったのだろうか。 そうだ、坂東さんにドリンク剤なんて似合わなすぎる。 おしゃれな坂東さんには、ワインなんかのほうが似合ってるというのに。 今更だが焦りまくって、説明を始めた。

「これ、見た目かなりすごいけど…高麗人参ってのが入ってて、ほんとよく効くらしいです。 おれも朝方飲んで、すごい効きました。 あ、いや、変な意味じゃなくって。これ本当に強壮剤ってわけじゃあないんです。そこのじいさんすら、コレ飲むと、ナニが立って立って困るでよ、なんて言ってたから、それほど本当によく効く…いや、そういう意味じゃ坂東さんには必要ないとは思いますけど。 あ、いや、そういう意味で買ってきたんじゃないんですけどね?」

 言い訳しながら、ずるずると深みにはまっていくのを、自分でどうすることもできない。 焦るとおれは饒舌になるのだ。 すると坂東さんは真剣な顔つきで、ささやいた。

「おれのために? これを? 箱ごと?」
「はい…朝、ちょっと顔色悪かったみたいだし。 元気出してもらおうと思って。」
「うれしいよ、平良…心配してくれたのか。ありがたく…飲ませてもらう。お前の気持ちがこもってるんだ、効くに違いない……」
 ふいに坂東さんの顔が苦悶の表情にゆがんで、肩が震え始めた。
 あわててハンカチを出して口元を抑えている。 開いたほうの手で、机をつかんで、いすから転がり落ちそうに身をよじっているじゃないか。 
 なんかの発作でも起こしたのか!!!
「だ、大丈夫ですかっ」
「は、鼻に来たっ。 鼻にっ」

 しばらくして落ち着いたのか坂東さんは、ずれたメガネを直しながら、
「笑ったりして悪かった。お前があんまり真剣だから」と言った。
「今の笑ってたんですか?」
「……なあ、平良。 得意先で、天然とか言われないか?」
「銀行員ぽくないね、というのはよく言われます。」
「そうか。 そうだろうな。 ……おれも、今そう思った。」

 そのとき、後ろから、ぬっとごつい手が伸びて、ドリンクの箱をつかんだ。
「いいもの持ってるな。一本よこせ」
 見上げると、得意先係の塩田次長だった。
 有無を言わせぬ口調で、「下で呼んでたぞ、坂東。 客が混んできたってよ」と言った。
「すぐ行きます」
 坂東さんは湯飲みに残ったドリンクを一気に飲み干し、さっと立ち上がった。
 そしてすれ違いざまに、「楽になったよ。 気分的にもね」とささやいていった。

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