Only You 6
昼飯を食ってから、朝イチに預かってきて、処理の終わった通帳、できあがった小切手帳、手形、金、とちゅうおれが食うおやつ、その他もろもろをカバンに入れ、出ようとしたときに窓口の林さんに呼び止められた。
「平良くん、もう出るの?」
「そうですけど、なんかあるんですか?」
「西三号機のATM、また詰まったんだって。 桜間くんも坂東さんも忙しそうだから、行ってあげてくれる?」
取引額少ないくせに、よく詰まる、気難しいやつだ。
「詰まっただけ? 金はまだ足りてるんですか?」
「それはまだ大丈夫。 詰まったの直してくれるだけでいいの」
ちら、と桜間を見る。
なぜか列ができている。 ビジネスマンらしい外人客が多数たむろしていた。珍しい…。
「いいですよ。 通り道だし。行きに直していきますから」
おれは鍵を受け取り、重いカバンを抱えて支店を出た。
電気屋のチェーン店敷地内にある、ATM西三号機は、理由もなくしょっちゅう詰まり、ひどいときは毎日連絡が来る。 おれが下にいたときは、しょっちゅう行かされてた。
だから、もう慣れっこになっている。 処理も慣れたもんで、その日も機械の後ろからぐちゃぐちゃになった札を取り出すと、ヤツはすぐに動き出した。
神経質な機械で、どうしてなのか、雨の前にはよく詰まる。 関係ないのだろうが…。 西三号機が詰まったということは、これから雨になるのかもしれない。
おれは空を見上げた。 少し曇っていた。
道はけっこう混んでいて、車の間を縫うように走った。
最初に訪問した得意先はお医者さんで、たいそう客として「めんどい」ところだが、よく預金はしてくれる。 しかしセンセイは庭自慢で、うっかり庭を褒めようものなら、いつまでもかえれないことになってしまう。
今日は奥さんだけだった。 センセイは診察中だ。
「これを1年定期でお願い」
と奥さんは言って、ポンと500万円差し出した。 ご主人に200万、奥さんが300万。
いまどき定期預金なんて利子も少ないのだが、うちの場合は、ちょっと変わった商品を出している。 利息を現金でなく商品券で支払うんだ。
計算すると、利息よりよほどトクで、結構人気がある。おれは慎重に札を数えて、パチン!と指を鳴らし、預り証を渡した。
「確かに」
「…ふうん。けっこうさまになってきたわね、平良くん」
「は…は、はいっ」
「じゃ、またお願いね…ところで、坂東さん元気にしてる? たまには寄りなさいって言ってね」
「かしこまりましたっ。 今度しょっ引いてまいります」
「ま。センパイなんでしょ?」
この奥さんは、お役者みたいな坂東さんがお気に入りだ。
明日イチバンに持ってくることを約束して、おれは医院を出た。
ヘルメットをかぶると、手のひらに雨粒が落ちた。 とうとう雨が降るらしい。 もうすこし振り出してからカッパを着ることにして、そのまま出発した。
走っているうちに、前方にパトカーが止まっているのが見えた。
おれはスピードを落としてパトカーを通り過ぎ、青信号の交差点に入ろうとした。 次の瞬間、目の前に大きなものが迫ってきた。 よけたつもりだったのに、おれの体は飛んで、衝撃とともに何かにたたきつけられた。
「もしもし! 大丈夫ですか?」
「あ?」
「聞こえますか? お名前いえますか?」
目の前に、婦警の顔があった。 見上げると、生暖かいものが目の中に入ってきた。 手で拭うとべっとりと血が付いていた。 立ち上がるとバタバタと音がして、アスファルトの上に黒いしみが広がっていた。
ひどく生臭い、血の匂いだ。 鈍い痛みを感じて、頭に手をやった。 髪はぐちゃぐちゃに濡れて、頭皮に張り付いている。
ふっと気が遠くなりながら、おれは婦警に訴えた。
「カ…」
「何だって?」
「おれの、カバン…を……」
カバンを。 おれのカバンを取ってくれ。 坂東さんも言ってた、客の金は命よりも大事なんだ……。
込み合ってきた店内で、貸付の次長と二人して、日銀のおっさんに呼ばれていた。 ようやく「お土産」を見つけてくれたらしい。 わざわざ目に付きやすいよう、必要な印紙を貼らなかっただけなのだが。
しかしアレだけでは収まらないだろう、こんな子供だましだけでは。 こっちとしてはヤバい貸付はしてないつもりだ…その点は自信を持ってるが、顔つきはだけ神妙に、日銀さんの待つ応接室へ向かおうとしていた。
そのとき、どたどたと騒がしく、得意先係の塩田次長が飛び込んできた。
「坂東、ちょっと」
「何でしょう?」
「お前、平良と親しかったな」
「そうですが、平良が何か?」
「あいつ車にはねられた」
「え?」
「事故を起こしたと今、警察から電話があった」
「まさか」 おれは乾いた笑い声を立てた。 「誰かのいたずらでしょ」
「病院から看護婦が電話してくれて、今アタマの検査してるんだと」
「……そうですか。 命に別状は?」
「詳しいことはわからない、かなり出血しているんで、市民病院で精密検査を」
目の前で次長が何かしゃべっている。 日焼けしたオッサンの、よく動く口を、ぽかんと眺めていた。
言葉としては聞こえるのに、意味がとれない。 人間の頭もフリーズするらしい。 昼休み、ドリンクを前ににっこりしていた平良の顔が浮かんで、だんだん白くかすんでいく。
「すぐ病院に行ってくれ。あとでおれも行くからな」
「申し訳ないですが、取り込みちゅうなんで…今はいけません」
おれはのろのろと答えていた。自分の声が遠く聞こえる。
「誰か他のものを、やってください」
「坂東、お前っ…平良、こっちじゃ誰も身内がいないんだぞ。わかってんのかっ」
「ですけど…おれ忙しいんで」
「おいっ! 坂東っ…お前友達じゃないのかっ」
ふと見やると、見覚えのある客が入ってくるのが見えた。 貸付の窓口に立ってこちらに手を振る。
おれは営業用の笑顔を浮かべカウンタに行き、たわいのない世間話をして、その客が普通預金窓口に行くのを見送った。 いけない、日銀さんを待たせたままだった。
行かなくては。
笑顔が顔に張り付いたまま、おれの手は動いて、新しい伝票をぐしゃぐしゃにしていた。
ぱたぱたと惨めに涙が落ちて、その紙の塊を汚した。 ばかやっちまったな、自分の仕掛けた爆弾のせいで、どこへもいけなくなっちまった。 ああ、それだけじゃないな。
おれは、平良が傷ついているのを見るのが怖い。 臆病で、卑怯者だ。
「坂東さん、ぼく今から行ってきます。」
桜間の声がして、おれの肩に触れた。 おれはあわてて顔を拭い、頼む、とつぶやいた。
「野暮用がすんだら行くと伝えてくれ」
「わかりました…平良さんに意識があったら、そう伝えますから」
息を呑んだおれを見下ろし、桜間は背広を引っ掛けて出て行った。
【 お兄さん小説 Only You 7】