Only You 9   2002/3/10

 「ああ、飲みすぎたあっ」
 平良は機嫌のいい声を上げ、ベッドに倒れこんだ。 うつぶせた首筋が、これ以上ないほど真っ赤になっている。
 独身会のあとタクシーに乗り込むのもやっとだった。 酔ってるようだったので、二次会で切り上げさせた。それほど今日は飲んだのだ、弱いくせに。

 水を持ってきて揺り起こすと、のそっと起き上がった平良は、コップ一杯を一気に飲み干し、今度は仰向けにベッドに倒れこむ。
 力いっぱい桜間と腕相撲したので、よけいに酔いが回ったのかもしれない。

 いつもならなんとなく顔を撫でたりするのに、何か気持ちに屈託するものがあって、平良に触れることもできず、ただ浅黒い横顔を見つめていた。 
 髪の間に、痛々しい傷が残っているのが見える。
 目をつぶると本当にまつげが濃い。眉も濃くて、一つ一つの顔のパーツが大きい。 
 ときおり暗く見えるほどの、彫が深い顔立ちをしている。 少し頬がそげてしまったのか。 こないだまであどけない顔立ちをしてたと思ったのに、いつのまにこんなに大人っぽくなってしまったんだろう。

 それから、桜間の手をつかみ、歯を食いしばっていた平良を思い出す。
 仕事には懸命に取り組む男ではあるけれど、あんなふうに剥き出しの激しさを見せたのははじめてだ。 そしてついに、腕相撲に勝ったときの喜びようは、ありゃなんだ。 商品も出ない、宴会でのお遊びじゃないか…。
 体育会系だというだけでは、説明がつかない。

 営業室にいるときの平良は、妙に熱を帯びた目をしている。 その目は桜間を追っているように見える。
 
 おれと待ち合わせするときは、ふと「桜間は、もう帰った?」と聞いたりする。 前は妙に桜間につっかかったりしてたけど、最近はそういうこともなくなって、ずいぶん優しく接するようになった。

 そういえば、桜間もずいぶん色白だ。目がちょっと切れ長で、細面だ。 おれとどこか似ているのかもしれない。 背丈は桜間がかなり高いし、体格もずっとヤツのほうがいいが……。
「平良のタイプ、なのかもしれないな」
 おれは一人ごとを言った。 言ってしまって、口にしてしまったことをひどく悔いた。

 胸が苦しい。 ちりちりと焦げるようだ。
「平良…? 風邪引くよ」
「ん…」
「平良、なあ」
「……」
「桜間のこと、どう…思ってる?」

 気持ちよさそうにまどろんでいたようだった平良が、かっと目を開けた。思わず怖くなったほどの形相だった。
「桜間が、どうかしましたか?」
 ひどく不安そうにおれを見上げる。 
「いや、何でもないんだ。忘れてくれ」
「坂東さん? なんでもないって顔じゃないですよ」

 平良は非常に怖い顔をして、おれの腕をつかんだ。
「ねえ、どうしたんですか?」
 どうしたのかとは、こちらが聞きたい。

「いや…お前、桜間のこと…どう思ってるのかな、と思ってさ」
「ど、どうって」
「けっこう気にしてるように見えるからさ」

 平良はしばらく沈黙した後、妙に固い声で切り返してきた。
「気にしてませんよ。 どうしてそう思うんですか?」
 おれはつとめて軽い調子で言ってみた。
「あ、いや…気を悪くするなよ。 ああいうタイプ好みなんじゃないかなと思ってな? 桜間って、イロが白いし。おれとちょっとタイプ……似てるかな」
 冗談ぽく言ったつもりだったが、次の言葉が出なくて、そのまま黙り込んでしまった。
 久しぶりに二人で過ごしているのに。 平良が元気になってはじめての夜なのに。
 他のやつに気を取られてる平良を見るのは、とても辛い。 おれだけを見てほしい。 おれだけを見てくれ、平良。
 
 どうかしてる。 何を考えてるんだおれは。 第一、こんなことを、こんなおれがいえるはずがない。
「まあ桜間も悪い男じゃないしな。 後輩と仲良くするのはいいことだ」
 なんとも言えず複雑な、しかしうれしそうな表情をして、平良はささやいた。
「まさかと思うけど、もしかしてヤキモチ?」
「妬くわけないだろ…ばかやろ…」
 言い返しながら、気持ちのたがが外れそうになり、おれはそっぽを向いた。
「坂東さん。 ひょっとして、泣きそう?」
「コンタクトだ、コンタクトがずれたんだ。 最近調子悪くて。」
「坂東さん……おれが事故にあったとき泣いてたって聞いた。 桜間がそういってた」
 くそ、桜間め。 今度めいっぱい陰険にいびり倒してやる。横からミス見つけて、ちくちくいじめてやる。 

「今度は、泣くほど妬いてくれた。おれは幸せものです……」
「アホっ。 もいっぺん車にはねられて来いっ。大笑いしてやる」

 次の瞬間、すごい力で抱きしめられて息を詰めた。
「おれ、どこにも行きません。 何があっても、坂東さんのところに戻ってくるから。 だから…心配しないで。ずっとそばにいるから」
「ばかやろう……」
 それでも、じっと抱きしめられていると、しばらくすると気分も落ち着いてきた。

「このままで、聞いてくれますか?」
 くぐもった声で平良がささやく。
「何だ?」
「おれ、現役で徳大の工学部受かって、本当にうれしかったんです…ナイチのいい大学入れたって、有頂天になってた」
「ああ」
「ゲーセンで高校生の男に…遊びに行こうって誘われて。ばかだから、ついていったんです。 まじめそうに見えたから」
「平良?」
「そしたら仲間が待ってて、おれ、派手にボコられて、財布とられちゃいました」
「強盗じゃないか」
「どうせ警察に言っても、相手は未成年ですから…泣き寝入りです。 その高校生が、桜間と似てるような気がしたんです。でも顔なんてよく覚えてないんですよね。もうずっと前のことだし。忘れちゃってたのにね」

 おれは淡々とした平良の声に、かえって不穏なものを感じていた。
 平良の顔を見ようと、体を離そうとしたら、また強く抱きしめられた。
「今年桜間が入ってきて、初めて見たとき、そいつになんとなく…似てると思ったんです。 他人の空似ってやつですが。他人なのにね」
 だから桜間につっかかってたのか。

「他人の空似でも、桜間を見るとムカついてしかたなかった……桜間のほうが気の毒です。 わかってるんだけど……だから得意先係にしてもらったんです……。 がんばって普通にしてたつもりだったけど……やっぱ変ですか? おかしかったですか?」
「平良、大丈夫だよ、全然変じゃないよ」
 平良はほっとしたように、小さなため息をついた。
「……よかった。」
「思い出させて、ごめん…おれが悪かった、平良……」

 すると平良は、ちょっと体を離しておれを見下ろした。
「坂東さん…おれを甘やかしすぎです…」
「そうかな?」
「うん。 優しくされると、ばかだから、おれ。 つけあがってわがままになりそうです」
「かまわないよ…少しわがままになってちょうどいいくらい…」

 突如体が宙に浮いて、どすん、と柔らかいベッドに落下していた。
 おれは、放り投げられたのだ。 驚きすぎて声も出ない。 絶句しているうちに平良のでかすぎる体が、視野をふさいでいた。
「最近坂東さん忙しくて、ずっとやれなかったしっ。おれの快気祝いってかんじ? 仲直りしましょ、ね?」
「あ、こら…やって仲直りってお前…お、重い…」
「坂東さんが軽すぎるんですよ」
 おれは逃げようとしてみたが、手足を動かすことすらできなかった。
 簡単に、押さえ込まれちまった。 今までの内気そうな平良はいったい、なんだったんだ。 すけべなことをしようとするたびに、ちょっと怯んだようにおれを見る、あのチェリーな平良はどこなんだ。
 ためしにもう一度、抗ってみたが、もがくことすらできないのだと気づいただけだった。
 温厚なこいつを不用意につついて、怒らせてしまったのかもしれない。

 ふいに平良が、おれの両手をつかみ、万歳したかっこうに持ち上げ、固いひげの生えかけたあごを首に押し付けてきた。
 犯される?

 それも楽しいかもしれないが…。 いや、困る。 ただおとなしく腰を貸すなんてのは、おれの人生の戦略に反する。

 という気持ちは、平良の体温で、あっけなく砕け散った。
 こういうのもいいかもしれない。 非常用に一枚だけ、いつも免許証に入れてあるのだが、使用期限来てるかもしれない。 途中で破れたらしゃれにならない。
 確かコンビニで買ったベネトンのが、少し残っていたはずだ。

「坂東さん…ねえ、坂東さん。 はじめてじゃないけど、優しくしてね? おれ、坂東さんがはじめてじゃないけど、キライにならないでね?」
 酔った平良は、ため息混じりに甘えながら、体を押し付けてくる。
「はじめてだなんだって、何くだらないこと言ってやがる。 おれなんか何人とヤッタかなんて覚えてもないぞ。 えい、酔っ払いめっ。重いぞっ」
「おれ酔ってないよ、坂東さんっ…」
 ずりずり、とおれの顔にあごを擦り付けてくる。
 万歳した格好では何一つできない。 平良の体に触りたいのに。 たとえこちらが受けるにしろ全部リードをとられてしまうのは、好みではない。

 おれは平良を見上げ、「手…痛いよ、平良。緩めてくれないか?」と切なそうに訴えた。 これは思った以上に効果があった。
「あ、ごめんなさい」
 あわてて手を放してくれたので、これ幸いと平良に手で触れて確かめた。 猛々しく固くなって、ベルトの下あたりに染みができている。
 キスしたいと思った、平良のすてきなここに。 近頃ますます大きくなってきた平良のを、目でも確認したい。
 それから唇で包んで、舌で愛撫し、悶える平良の顔を見たい。

 もどかしくベルトを外し、ジッパーをおろして下半身を自由にしたとたん、また腕をとられた。
「坂東さん」
 なんだ、と答える間もなかった。 口をふさがれてしまった。
 
 平良がキスをする。 おれがでなく。

 上下の滑らかな唇が、なだめるようにおれの上下の唇に触れて、軽く音を立てた。 かすかに歯でくすぐって離れて、それから上の唇をごく軽く噛み、また下の唇を軽く噛む。 それからおれの喉の骨を包み、やさしく湿らせる。
 平良の口は甘くて、とても優しい。優しいけれど、もう迷いがなかった。 
 
 意思で抑えていたあの衝動が、おれの中で起きてしまう。 体の中を野蛮な力で広げてほしいと、こちらの体のほうが先に泣き言を言っている。

 面白がって、平良を無理やり男にしてしまったのは自分だ。 おれが、そう望んだんだ。

 最後まで、好きにさせる。
 足腰立たないくらいやられても、それはそれで幸せってもんだ……。


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