高志 (タカシ) 其の四  平成十三年五月ニ四日

 軽く顔を叩かれて、ぼくは目を開けた。

「おい、起きろ」
 遠くから高志の声がした。目を開けると、高志と目が合った。
「おれ、しんだんですか?」
 なんだか頭が重い。 手も足も、とてもだるい。
 高志の疲れた顔に、苦笑が浮かんだ。
「死んだらしゃべれないだろ?」
「……ころされると、おもった……」
「殺されると思ったんなら、どうして抵抗しないんだ?」
「ていこう、しません……それなりの、こと、しちゃったし……それに」
「ん?」
「たかしさんが、スキだから……あのまま死んでもよかった」

 ぼくはとても気が弱くなっていた。 というより、これが本来のぼくなんだ。
 強面のお芝居は、終わりだ。
 本当のぼくの気持ちをぶちまけてから、帰るんだ。 これで最後なんだから。


「他の女を抱くときも、ひとりでするときも、あなたのことを思ってた。 ずっとです」
「……」
「すみません…でした。 二度と、つきまといません。 おれはもう、満足ですから。いやなこと思い出させて、すみませんでした……」

 言いながら、涙がこぼれた。
 一回脅してやらせてもらって、それで満足なんてわけがない。 今すぐにでももう一度抱きたい。 明日も、その次も。キスしたり抱き合ったり、そのまま眠ったりしたい。
 誰にもこの人を渡したくない。 でも一方的に思ってるだけなんだから、これ以上望んだらだめなんだ。

 無様な愁嘆場を、しばらく無言で眺めていた高志は、
「やって失神する男も珍しいが、やったあとで泣くやつもはじめてだ」とつぶやいた。

 それから恐ろしいことを言った。
「おれは、おまえを絞め殺して、荒川に捨ててやろうかと思ったんだ。でもできなかった。 あんまり幸せそうな顔するから。 ………おまえ、男ははじめてだなんていわないだろ?」
「はじめてですよ。女の人は知ってますけど」
 
 高志は細い手で、ぼくの顔を挟んで、まともにぼくの顔を見た。
 ぼくは胸が苦しくなって、目を伏せた。
「どうして? 男が好きなんじゃないのか?」
「ちがう、男が好きなんじゃなくて、高志さんが好きなんですよ。 他の誰ともだめなんです。 女の人とするときも、だから……あなたのこと想像してでないと」
「おれのことずっと、思って?」
「そうです」

 ぼくの額の髪を、優しく払いのける。 どうしてこんなに優しいんだろ?

「ずっとおれのこと好きだったんなら、はじめからそう言えばよかったのに。 おれだって真剣に聞いたのに。そりゃ驚いただろうけど」
「……高志さん」
「よく見ると、残ってるかな。 子供のころの顔立ちがな」
「忘れてたくせに」
「思い出したって言ったろ。 そう、おまえは色が黒くて不細工で、ちびだった」
「……ひどいですよ」
「あのちびが、こんなに大きくなるのか?」
「……」
「おまえは、よくみるとかわいい。そういう素直な顔をしていると」



 小さな顔が近づいてきて、ぼくに唇を重ねた。 肩のそばに手をついて、はじめは小鳥みたいに優しく、ゆっくりと、だんだん深く。

 それから、首にキスをされた。 知らなかったけど、本気で首にキスされると気が遠くなるものなんだ。 
 女の子が首にキスをせがむ理由がようやくわかった。

 長い首へのキスのあと、高志はぼくの胸の上に手を置いた。 ぼくの汗で汚れたワイシャツを脱がせ、かたわらに置く。

 さっきぼくが高志にしたことと、似たようなことを、もっと優しく上手にしてくれようとしてる。
 それから驚いたことに、高志はぼくを抱こうとしているみたいだった。 何か高志がするたびにふわっと気が遠くなる。 首を締められたせいで、まだぼくは貧血状態なんだろうか。

 今、高志がいろいろしようとしてる、そういうことをぼくも女性にしてきたけど、自分が触られてこんなに感じるのは知らなかった。

 感じたら動けなくなるのにも驚いた。 女の人が天井見てるのは、もしかしたら動けなくなるからなのかな。
 高志はそっと体を起こし、戸棚の上から救急箱を下ろた。 ぼくはぼんやりとそれを見ていると、高志は軟膏を出し、指を使ってぼくの中に塗りつけた。 させてほしいとか、おれがするとか、何も言わず、当然のようにだ。

 ただ一言、「痛かったらやめるから、途中でもそういってほしい……そんなに痛くないと思うけど」と高志は言った。
 その言い方があんまり自然だから、不安も感じない。 もしかしたら、ぼくはこういうことを望んでいたような気もしてくる。 好きな人の全部を知ることを。

 それから高志が、ぼくに見知らぬ西方の浄土を見せてくれた……。

君の瞳に、へ続く



 言うに事欠いて、リバシ。


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