野ばら 4 2002/6/14
さわやかな初夏の朝、どこからかいい匂いが漂ってくる。 まだどこかで花が咲き始めたんだろうか。
姿の見えない花の姿を探したぼくの目に、花よりもいいものが映った。
初夏の小道をてくてく歩いてくるのは、なんと若い女だ! 年頃は22、3歳ってとこか。
派手なスカーフで髪を包んでいるが、その下から黒い巻き毛が見えた。しかし化粧っけはない。…むこうの国境側から歩いてきたから、これは隣国の村娘だ。
刺繍を施した、白いブラウスをお召しになっており、しかも、ありがたいことに大胆に肌の色が透けている。 飾り気のない黒いボディス(胴衣)だが、胸の頂点より下まで、深く刳れたデザインなのであった。 そして歩くたび、ボディスの上からはみ出した、でかい胸がゆさゆさと揺れている…。
ぽちゃっとした丸い顔で、目と目がかなり離れているのが愛嬌がある。 そして口は小さくて、ぽってりした唇がまた…。 こう、ムラムラ系ってかんじ?
落ち着け、アウチ。 赤い頬をした、純朴そうな村娘ではないか。
ボディスの胸ポケットに、白いくちなしの花を挿していて、これがこのすばらしい匂いの源らしい。透き通るように白い花弁の、清楚な花だが、香りはなかなか濃厚だ。
若い娘はぼくをちらっと見て、人のよい笑顔を浮かべた。胸に飾った花のように白い歯をしている。
そしてクージに近寄り、軽い調子で肩を叩いた。
「ヘイ、クージ!」
クージは動じない。
「よお、元気か、サビーネ。どっかお出かけか? いいブラウス着てるじゃないか」
「これ? 自分で刺繍したんだ。 きれいでしょ」
ああ、久々に聞く若い女の声だ。
「今日はなんだ? 牛の種付けの手伝いか?」
「それはまたいいの。 あのね、先月うちのブタが仔産んでね。8匹」
「よかったな、ブタも元気か?」
「元気なんだけど、5匹がオスなの。それで、ね?」
「またかよ…なんかエサが悪いんじゃねえか? オスがおおいよなあ」
「そういわず、またお願いよ、ね?」
クージは舌打ちをして、つぶやいた。
「おまえ自分でやれないか? これくらいできねえと、ここらじゃ嫁にいけんぞ。 あ、お前は跡取り娘だったな。」
「そりゃあたしにもできるけど、クージにしてもらったら、あと元気に育つってジンクスがあるしね。クージ、すごい名人だもん」
「名人か。 ……なんか、うれしくねえな…めんどくせえ」
「クージお願い。してよ。 お願い、しに来てよ、ね?」
会話の意味はもひとつわからないが、しかし妙に隠微な会話だ。
自分の顔が真っ赤になるのを感じて、ぼくはそれをどうしようもなかった。
だから…してって、何をしてほしいんだろう。 この娘は。
しかし余裕ありげな態度で、クージは答えている。
「サビーネ、やってもいいが、頼みがある」
「なにかしら」
「昼飯食わせてくれよ。」
サビーネは笑った。「もちろんよ、お安い御用」
「ここにいるアウチも一緒だ。」
「あら」
サビーネはちょっと意表をつかれたようだったが、「いいわよ。」と答えた。
そしてぼくのほうを振り返り、にっこりと笑ってこういった。
「あなた、都会から来た人みたいね。 アウチさん? 私、サビーネ。来て下さるのね?」
「ぼくは、ごめん…ヴィザもないんだ、だから国境は越えられない」
「固いこと言うなよ、兄弟。ここじゃ羊も山羊も国境なんて知らないんだよ」
きみと兄弟になったつもりはない、と切り返そうとして、サビーネに腕をつかまれた。
「いいじゃない。 にぎやかなほうが楽しいわ。 ね? アウチさん。素敵なお名前。 ご飯食べにきてくれるでしょ?」
サビーネは、ぼくの腕を組んで、ぐっと自分のほうに引き寄せた。 すると、ぼくの腕に、彼女の胸の側部が押し付けられてしまった…。
次の瞬間ぼくは、
「参ります、お嬢さん」
と即答していたのだった。
次の日、ぼくはクージにつれられて、はじめて隣国の領内に入った。 隣国だがこちら側の村と、まったく同じようなつくりの家が並び、そして同じような顔立ちの人々が住む村だ。
要するにみんな、髪が黒くて、少しだけ浅黒い。
歩きながら、大いに気になっていたことをクージにぶつけてみた。
「あのサビーネという娘、よく知ってるのか?」
クージはちょっとぼくを見て、「おさななじみなんだ。 おれのほうがちょっと下だけど。 子供のころ、この村に住んでいたからな」と簡単に答えた。
ぼくはついほっとして、「じゃ、彼女ってわけじゃないんだね」と言ってしまった。
やつはちょっと驚いたようにぼくを見た。
「とんでもない。サビーネは単なるトモダチだ」
「こ、ここで育ったのか?」
「おれは、もっと北のほうの生まれだが、母親が病弱だったから、この村で祖母に育てられた。 この辺は暖かいからな。」
「そうか」
「この村の人は、みんな知りあいなんだ。 サビーネもそうだよ」
「ふうん」
「みんなで、川で素っ裸になって泳いだもんさ。 だからお互い、いまさら色気もクソもない」
「……そうなのか」
「だから、安心してくれ。彼女とはなんでもない。」
「そ、そうか」
サビーネに好意を持ってしまったのを、もう気づかれたらしいのだ。クージ、ばかみたいなやつだが、案外目ざといやつだ。
クージはくすくす笑った。
「なんか妬いてくれるなんてうれしいな。アウチ…」
「や、妬いてなんかいないぞ」
アウチ、とやつはぼくの肩を引き寄せ、耳のそばでささやいた。
「おれは誰のものでもない、フリーだ。 おれの寝室のドアはいつも開けてある、アウチ、おまえのために。」
一瞬、寒気がした。 何かこう、得体の知れない寒気だった。
「ほら、ついた」
サビーネの家は大きな農家で、中からすばらしくおいしそうなにおいがしていた。
白いエプロンをつけたサビーネが、かいがいしく手を拭きながらぼくらを出迎えてくれた。
「きてくれてうれしいわ。 今特製ミートパイ焼いてるとこ」
ぼくにも輝くような笑顔を向けてくれる。
すると、クージは言った。
「じゃ、昼飯前にお仕事をすませようぜ、アウチ」
「? …仕事?」
「来いよ。こっちだ」
クージはそのまま家を通り抜け、裏口から外へ出てしまった。
裏庭の向こうに小さな小屋があり、中からブタの鳴き声がしている。クージの後ろから覗くと、小屋はいくつかに分かれていて、少し薄暗い。
「お〜、みんな元気だな」
そこにいたのは、巨大なメスのブタがエサを食っていた。 横の柵には乳離れしたかしないかくらいの、小さな仔豚が…たしかに数えると8頭いた。
突如、けたたましいブタの悲鳴が上がった。
クージが枯れ草の中に座り込んでいて、ひざの間に仔豚を挟み込んでいるのだ。 哀れな悲鳴を上げるブタは、脚をばたつかせているが動けないようだ。
「お〜、よしよし」
やつは、仔豚の股間に、何か薬のようなものをかけた。
クージの手の中には、剃刀がきらっと光った。と思ったらクージは、あっというまもなくそれでブタの股間を切っていた。
「な、何やってんだクージ!」
「ブタの去勢」
「キ…お、おい…」
「こいつのタマを抜くだけだ。すぐ終わる」
イチモツが縮む思いがするとは、このことだ。
仔豚の悲鳴を聞いているぼくのほうが、悲鳴を上げてしまいそうになる…こっちのタマまで痛くなってくる。
「ほら、一丁あがり。これが、タマだ」
ぼくに見せてくれる皿の中には、丸い、小さな睾丸らしきものが二つ見えた。 この場合、見せてくれないほうが、親切だったというものだ。
そしてクージは、「元気に育って、美味い肉になれよ」というと、タマを抜かれた仔豚を逃がした。
枯れ草の上に逃げ出した仔豚は、もう鳴いていない。何事もなかったように遊んでいる。
「ほら、次だ…お、お前は女の子か。 じゃ、お前だな。ビンゴ。」
まるで楽しんでいるような気軽さで(いや、絶対楽しんでいる)、隣国の兵士は次の仔豚をつかまえ、脚の間に挟みこみ、すばやい動きで、つまり陰のうを切り、職人的な手早さで、小さな睾丸を取り出した。
「いい子だ。 たくさん食って、最高に美味い肉になれよ」
そうしてクージは仔豚を開放し、次なるオスの仔豚を探しにかかったのだった…。
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