野ばら 5  2002/6/14

 ブタの去勢を終えてからの昼食会、サビーネが腕を振るって用意してくれたごちそうを、ぼくはほとんど食べられなかった。
「田舎料理は口に合わない?」
 サビーネはちょっとがっかりしたようだった。つややかに焼きあがったミートパイ、まずかろうはずがない。
 それに、彼女の手料理ならばなんでもおいしいはず、たとえ食欲がなくとも、礼儀上無理にでも食うべきだったのだろう。
 しかし、はじめて見た去勢のようすが目の前にちらついて、気分が悪いとまではいかなくとも、どうしても食がすすまないのだ。だからさっきから、パンとピクルスばかりかじっている。
 情けない、気の弱いぼくだった。サビーネの優しそうな母親、そして小さな妹もどうしたのかしら、という表情を浮かべてぼくを見ている。 しかし、ちょっとブルドッグを思わせる、強面の親父は、「娘の料理、食いたくなければ食うな」とばかりにぼくをにらんだ。
 
 そのとき、クージが助け舟を出してくれたのは驚きだった。 奴はよくしゃべり、かつ食っていたが、サビーネの落胆の声をきいて、こう言ってくれた。

「食欲がないんだな。 さっきああいうの見せたからかな」
「ああいうの? ああ。仔豚のアレね」
「おれもはしゃぎすぎた、悪かったな、アウチ…しかしサビーネのミートパイは村一番なんだ。食えば元気になるぞ、アウチ」
「そうでもないけど…」
 サビーネは口では謙遜していたが、まんざらでもない表情だった。

 結局、ほとんど食べられないというていたらくで、来ないほうがましな、実に失礼な客になってしまった。
 サビーネの父親が無骨な指で林檎を切ってくれて、プチナイフにぐさりとつきさし、無言でそれをぼくに差し出した。 ぼくはあわててそれを取り、かろうじて林檎をかじった。 青いすっぱい林檎だった。
 そのあとサビーネはコーヒーを沸かし、それにたっぷりのハチミツとミルクを加えた。
 といっても本物のコーヒーなどではない。 タンポポの根を炒って作ったものなのだった。 ほろ苦い味がするとはいえ、コーヒーとは似て非なる飲み物だが、ぼくはおいしくいただいた。

 気の毒がったサビーネがぼくのために、ミートパイの残りと、大ぶりの卵、チーズ、サビーネが焼いた細長いパン、それからルバーブの根を甘く煮たのを、大きなバスケットに詰めてくれた。
「ルバーブはいっぺんに食べ過ぎないでね。おいしいけど、おなか壊すから…これに懲りないでまた来てね、アウチ」
 
 帰りがけ、サビーネはぼくの頬にキスをしてくれた。 それだけで、気分もすっかりよくなってしまう。 優しい子だ。
 とはいえ、この、ブルドッグみたいな親父殿がいるかぎり、この娘にちょっかいを出せば命が危なそうなのだった。



 サビーネの淹れてくれた、ほろ苦いコーヒーもどきの味…それが忘れられないまま、初夏から夏になろうとしていた。


 前任者の残した菜園は、庭仕事になれないぼくにちょっとした苦労を与えてくれた。 とにかく取っても取っても、雑草が生えるのだ。
 
 昼飯を食べながら、窓の外の庭を見た。
 また草が生えている…むしらねば。
「くそ、暑い」
 昼食後に草取りをはじめたのだが、これは失敗だった。
 半時間もやっていれば汗だくになる。 背中までぐっしょりで、気持ち悪いことこの上ない。

 そこでぼくは庭にたらいを持ち出し、ポンプで水をくみ出して、冷たい井戸水を浴びることにした。
 庭の木に服を引っ掛け、素っ裸になって冷たい水を浴びる。 それから粗末な石鹸で、頭も体も洗ってしまった。 シャワーもない田舎だが、外での行水は快適で、冷たい水に疲れも吹っ飛ぶほどだった。 そこら水浸しなのだが、この水だってあとで野菜に撒くのだから、それはそれでいいのだ。

 ぽたぽた水が落ちる髪を拭いて、体も拭いて、爽快な気分で、木の枝に引っ掛けた下着を取り、身に着けた瞬間だった。

「うわあああ!!」
 ぼくは大声を上げていた。 ものすごい激痛が股間に走り、ぼくは悲鳴を上げてはいたばかりのパンツを脱ぎ捨てた。
「い、痛い? 痛いっ」
 どこが痛いのかよくわからないが、ぼくは股間の辺りを押さえて飛び回っていた。 何が起こったのかわからない…
「どうした、アウチっ」
 突然、飛び込んできたクージを見て、ぼくは必死で股間を隠しながら、家の中へ逃げ込んだ。 なんで都合よく、あいつがいるんだろう。

 まさか、行水を覗いていた、とか?

 しかし、股間の痛みは治まるどころか、ますます熱を持ってきて、覗かれていたのかも、なんて考える余裕もなくなってきた。
 服を着なければ…しかし痛い。頭ががんがんしそうだ。 息子も熱を持って、赤くはれ上がってくる。

 クージが追ってきて、その手が肩にかかるのを感じたが、そっとしておいてというのが正直なところだった。
「アウチ、見せてみろ。手をどけろ」
「いやだ」
 クージはぼくの肩をつかんだ。顔が、いつもより白っぽく見える。 
「見せろ! 命にかかわるんだ、毒バチに刺されてるんだぞっ」
 股間を隠したままだが、思わずクージを見上げていた。
「ど、毒バチ?」
「今、飛んで行ったのを見たんだ、間違いない。お前、パンツ払わないでいきなり着ただろ。中にハチが入ってて、刺されたんだよ」
「ど、ど、どうするん…だっ」
「ハチの毒を吸い出す… 今から医者を呼んでも間に合わないからとにかく。ここで、おれが処置する…」
「そ、そんな」
「死にたくなければおれに従え。さあ…」
「た、助けてくれ」
「それじゃ…まず…脚を開け」

 恥も外聞もなかった。
 ぼくはベッドの上にすわり、言われるままにクージの前に脚を広げていた。
 誰かの前でこんなふうに、股間をさらけ出すのは、物心ついてからははじめてだった。

「やっぱりだ…かわいそうに、アウチ…こんなところを毒ハチにさされるなんてな」
「ど、どこなんだ」
「息子が刺されてる、それから脚の付け根もちょっと刺されてるが、一番ひどいのは息子のとこだな…運の悪いやつだ」
 クージはそうつぶやきながら、ぼくの股間の前に顔を落とし、それから、ぼくの股間に顔を寄せてくる。

「毒を、吸い出す」
 そういうなり、クージはぼくの息子に、本当に口を…まともに口をつけてきた。 妙に生暖かい、クージの口の感触だった。
「ひっ。ああっ」 
 ぼくは叫んで、クージの頭をつかんだ。 
「なんでもいいから、じっとしてろ…横になったほうがいいな」
 クージの手に押されて、そのままベッドの上に仰向けになり、やはり無防備にクージの前に股間をさらした。
 クージは丹念に毒を吸い取り、床につばを吐き、また毒を抜くのを続けた。
 
「まだ、痛いか?」
 痛みはまだあるけれど、たしかに治まってきていた。変な野郎に、股間を吸い倒されてしまったが。

「じゃあ、仕上げだ…外へ出ろ」
「?」

 ぼくはクージに促されて、のろのろと外へ出た。
 
「そこにたってろ…脚を開け。 シャツはまくってないと汚れるぞ」
「何をするんだ」

 クージは黙って、チャックを下ろしているではないか。
「た、助けてくれ、それだけは」
 こんなときに手篭めにされるのか。 ぼくは下半身をさらした惨めな姿で懇願した。
「なにもしやしない。 小便をかけるだけだ…直接かけるのが一番効くんだぜ、おれのばあさんも言ってたぞ」
 妙にうきうきとクージは宣言した。
「明日になったら治ってるさ。一発だ」

 イチモツを吸われた後は、やつの小便を股間に掛けられるのか。
 この恥ずかしい午後の、総仕上げか。

 ぼくは脚を踏ん張り、いっそもう死んだほうがいいかも。と思いながら、近寄ってくるクージの、なぜかいきり立っているイチモツから、どうしても目が放せないでいるのだった。

野ばら6

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