野ばら14 2003/3/27
― 聖ベナリスの祭り 3日前 ―
バーニーの母に腰を撫でられたのがよほど効いたのか、一週間も経つと腰痛のことなんかすっかり忘れてしまっていた。
もとのように歩哨に立っていると、半分立ち上がるようにして自転車を漕いで、郵便配達人のバーニーがやってきた。ちょっと坂道なので、自転車ではこうなるのだ。
「アウチさん、おはようございます。郵便が来ていますよ」
「あ、ありがとう…わざわざ。 家に放り込んでいてくれてもよかったのに。」
「少しでも早く見たいかなって。 それに、アウチさんと話したかったし。」
若い郵便配達人は、国境の向こうのクージに軽く会釈をして、ぼくの横に腰を下ろした。
横で手紙を読むぼくの横で、ニコニコして座っているので、何気なくタバコを差し出すと、何かぎこちなく口に咥えた。
火を点けてやると、妙に頬を膨らませていたが、しばらくしてぱっと煙を吐き出した。
それから「やっぱりダメだ。 怖くて吸い込めないよ」と笑った。
「悪い、タバコ吸わないんだった?」
今度は、口直しにイチゴ味のキャンディを与えた。 実はバーニーには、こちらのほうがよほど似合った。 鼻の頭には、子供っぽいそばかすがいっぱいあるのだから。
頬をキャンディで膨らせて、
「今度はいい手紙?」
と聞いてくるので、「全部、バースディ・カードさ。誕生日が11月5日、もうすぐだから」と言ってしまった。
すると、若者はびっくりして叫んだ。
「じゃあ、聖ベナリスと同じ誕生日なんですね! 」
「聖ベナリス?」
「大昔からの、村の守護聖人です。 11月5日が聖人のお誕生日ってことになってて、前日から二日間、お祭りがあるんです。」
「へええ。」
「作りたてのビールと特製のソーセージがご馳走されて…あ、それから、11月4日の前夜祭には…」
ちょっと頬を赤らめて、若者はこういった。
「村の広場でお酒を飲んで、夜通し踊るんです。 女の子がめちゃくちゃ大胆になって、ちょっと言えないくらい、すごいことなっちゃうこともあって…」
これを聞いて、ぼくの助平な妄想が膨らんだのは言うまでもない。大胆になって…同意があればちょっとそこらの草むらに、ってやつか? 美味しそうな話だ。
かわいい郵便屋さんが帰ってから、クージにせせら笑われた。
「おい、今、乱交パーティを想像しただろ。全然違うぞ」と言うのだ。
「こっちの祭りに来たことがあるのか?」
「ないけど。 だいたい、こんな田舎で乱交パーティなんかあるわけないだろうが。 行くのか?」
「行ってみるとも。 話の種に。」
「アウチ君、襲われないように気をつけろよ。」
わざとらしく無視して、ぼくは立ち上がった。
「あ、昼飯どきだ。 帰るとするかな。」
「踊り方、教えてやろうか? アウチ・シルバーコック」
そういえば踊りのことを忘れていた。 幼稚園のお遊戯も苦手だったのに、伝統の踊りなんか踊れるだろうか。
「ごく簡単な踊りだよ。 すぐに覚えるさ。」
それからクージがぼくのために踊って見せたそれは、古風な踊りだった。 複雑なステップもなく、両手を腰に当てて、首をかしげたり、前に行ったり後ろへ歩いたりしているだけのものだった。
ださい…ダサすぎる。
「ここまでが挨拶。ほら、手。」
首をかしげて、目を合わせろと言われたり、腕を組んで歩いたり、そのうち奴はぼくの腰に手を回してくるくる廻ったが、そんなに大変な踊りではなかった。手をとられてリードされる限りでは。
「な、簡単だろ?」
「簡単だけど、ひとつ気になることがある。」
「なんだ?」
「ぼくが教わっているのは、女性のパートじゃないのか? 男性のパートを踊れるようになりたいんだけど。」
クージは踊りをやめ、苦い顔をして見下ろした。
「おれに女の踊りを踊れというのか? 似合うと思うか?」
「似合わないと思うけど… いや、そういう話じゃなくてね。」
「女の踊りを極めろ! そうすれば男の踊りも踊れるだろう。」
「いや、ちょっとそれは」
抗議しているうちに、クージが腰をぐっとひき寄せて
「まるでカカシだ。 リラックスして、表情も出したほうがいい」
なんて言うので、あやしいと思ったのだ。 太ももをぼくの股間に突っ込んできて、前後にゆすぶったので、悪い予感は現実となった。
「こ、こういう踊りなのかっ」
「こういう踊りなのさ」
「こんな村踊りがあってたまるかっ」
そのときクージは笑ったのだが、緑の目が黄色っぽく光ったような感じがした。奴は長い舌で、自分のあごを舐めて見せた。
「……実は今考えた『踊り』だ。 気持ちよくしてやる。」
明らかに前立腺の辺りをひざで刺激されながら、いつのまにかカンファの木の下まで来ていた。 奴はぼくをカンファの木の幹に押し付け、脚を広げさせ、膝頭でぼくの身体を突き上げ、熱い舌でぼくの首の辺りをぐちゃぐちゃにして、ぼくの唇を吸い取り、ぼくの視界を真っ白にした。
踊りを教わるだけだったのに。
なんでぼくは。
こんなに、気持ちよくなっちまうんだろう? あっというまに。
「い、いき…たいっ…」
「待て、アウチ」
クージがぼくの前をすばやくはだけてくれて、ぼくはズボンを汚さずにすんだ。
膝ががくがくして、支えられてやっと立っていたのだが、どうしてなんだろう、と恐ろしく思った。
「何でなんだ?」
「何が」
「なんで、ぼくは。 こんなんで、イケるんだ。 ぼくはホモじゃないのに!」
「…自分のこともわからないのか?」
「何を。」
クージは、何をいまさら、というような妙な顔をした。
「自分が、今お前が言った、ホモだってことをさ。 おれたちは同類だ。」
ぼくは奴を突き飛ばして、叫んだ。
「違う、ぼくはホモじゃない! 女の子とも付き合える!」
「付き合うじゃなくて、付き合える、か。 付き合って、すぐ別れるんだろ。 誰とも続かないんだろ。」
「違う、ぼくが浮気性だから…すぐ違う女が気になって」
「誰とヤッても、お前が満足しないからだ。 お前が欲しいのは女ではなく、男だからだ。 本当に男がいやなら、いくらおれが触っても…よくなるわけがない」
「頭空っぽのくせに、知ったようなことを言うな」
クージは、やけに真剣な目をしてこういった。
「おれはバカだけど、自分のことくらいはわかってる。 おれは、アウチ、お前が好きだ。」
最後まで聞かず、ぼくは力いっぱいクージを突き飛ばして逃げた。
野ばら 15
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