野ばら 9 〜ぼくをそっとしておいて〜 2002-11-21
村は秋の取り入れも終わり、のんびりした空気が漂っていた。
あちこちで買い物をした後、手紙を出すために郵便局に立ち寄った。
太ったおばさんが大儀そうに、ぼくに料金分の切手を出してくれる。 それを、書き溜めた手紙に丁寧に貼っていく。
友達に、つぶれた会社の社長に、母に、弟に。 ぼくの大切な人たちに気持ちが届くように。
「のどかな国境での、田園生活を楽しんでいます。 菜園を作ったり、山羊の世話をしたり、毎日平和そのものです。 云々。」
何一つ、うそは書いてはいない。 しかし野良仕事をがんばりすぎて、腰が痛かったりするのも真実だ。まったく乳を出さないのに、エサはたらふく食う、目つきの悪い山羊のために(実はオスじゃないのかと疑うほどだ)冬用の干草を山ほど用意したのだが、それが腰にきつかったことといったら…。
ぼくの前の雇い主にも手紙を出した。 お心遣い本当にありがとうございます。 今までありがとうございました。 社長も、どうかお体を大事に。 お互い必ず、よいこともあるでしょう……。
ポストに、一つ一つ、心を込めて落としていった。 最後のひとつを落として振り返ると、郵便配達の若者と目が合った。
日焼けした、人のよさそうな顔に見覚えがある。
この子は確か、バーニーと言っていたか。
クージとあわやベッドインというところを、しっかり見られてしまったのだ、忘れもしない。
バーニーは、はにかむように微笑んだ。
「いっぱい手紙書いたんですね、アウチさん」
「久しぶりだからね」
「でもなんだか、元気ないですね? お疲れですか?」
「ああ、確かに。ちょっと疲れ気味…最近身体がきつくってね」
するとバーニーはぽっと顔を赤らめ、恥らった。
「あの人…あの髪の長い…そんなに激しいんですか…」
白昼、何を言い出すんだ、このガキは! と叫びだしたいのをこらえ、ぼくはすましてこう答えた。
「まあな」
確かに、クージのあの激しい性格は、こちらを疲れさせるものがあるからだ。
「あの…何分くらい、持つんですか? あの人。」
怖いもの見たさ半分、興味津々、という風情の若者を前に、ぼくはつい調子を合わせてしまった。
「何分って…そんな、よくわからないよ…」
「な、何もわかんなくなるほど、強いんですかっ。 てことは…は、半時間くらい? それ以上っ?」
若者は少しパニック気味だ。
「んじゃ急ぐんで。 またな、バーニー」
これ以上の長居は無用だ。 一週間分の食料品を入れた袋を担いで、逃げ出そうとしたときだった。
「うぐっ!!!」
何かがぼくの腰のなかで、ぐきっと鳴った! まさに雷神の怒りの一撃だった。
次の瞬間、その場に座り込んでしまった。 力が入らない。 痛いを通り越して、力が入らないのだ。
へたり込んだぼくにすがり、バーニーがおろおろしているのだが、ゆさぶられるのでまた腰が痛い…。 これはきっと、彼をからかったバチが当たったのにちがいない。
「アウチさん!! 大丈夫ですかっ! 気分が悪いんですねっ」
「…………」
ぼくはしばらく唸るしかなかった。
「ああ、倒れるほど、攻め立てるなんて! あいつは悪魔か!」
「ちが…うんだ…これは………腰を痛めたんだ…」
「こ、腰を」
バーニーは息を呑んだ。
「腰を! ……使いすぎたんですね…」
「だから、違うんだバー…そっとしておいてくれ…頼む…」
何事があったかと出てきた、郵便局のおばさんが、ぼくをみて一言、
「ぎっくり腰だねえ。 安静にして、寝てるしかないねえ」
「悪いけど…バーニー君…誰か呼んで、家まで運んで…くれ…荷車か…何か…ちょっと歩けそうにないから…」
「お安い御用です」
バーニーは大きくうなずいて、ぼくをいきなり抱き上げたのだった。 一瞬、痛みのためにぼくは大きな叫び声を上げてしまった。
「イタイだろうけど、少しガマンして。 ぼくの家はすぐ近くです」
「そうじゃ…な……私の、宿舎へ…」
「だって一人暮らしでしょ? 飲まず食わずで寝てるつもり? そんなのだめですよ。 ぼくの家に来てください」
ぼくを担いだまま、ひょいひょいと歩いていくバーニーは、こうも言った。
「ぼくはあいつとは違う。 何も心配しないで。」
だからどこがどう違うんだ、ホモは同じじゃねえか!! と叫びたいのをこらえ、痛みに耐えてぼくは、突拍子もなく自分の姓のことを思った。
ぼくの姓はシルバーコックだ。 金持ちに生まれることを「銀のスプーンを口に咥えて生まれてくる」というが、ぼくは、銀のコックを(いわゆる、男の)咥えるために、この世に産み落とされたのかもしれない。
それはともかく、バーニーはおそらく、非常に善良な男だ。 だとするとよけいに、早く誤解を解いてもらわなければと思い始めていた。
野ばら10
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