100文字で書いた小説です。

初恋

【少女】



僕の職業はカメラマン。

世界中の秘境・楽園に行き写真を撮っている。

今回僕が選んだ楽園はモンゴル!

日本人の僕は草原と地平線に憧れたんだ。素朴で逞しい少女にもね。

だから僕は彼女を見つけた時狂喜乱舞したんだ。





【草原】



その少女は見たところ10代半ばのようだった。

赤い民族衣装に毛皮の帽子。

陽に焼けた顔は誇りに輝いていた。

彼女は、一人馬に跨って僕を見ていた。

なだらかな草原の真ん中、彼女の存在はハッとする程鮮やかだった。





【移動式住居 ゲル】



少女は僕を集落に導いた。

巨岩がポツリと傍らに転がっている。

幾つものゲルが並び、柱の赤が緑が目に眩しい。

青空を

大地を

馬に寄り添う彼女を!

僕は夢中でシャッターをきった。

彼女は呆れたように笑い僕を見ていた。





【馬頭琴の調べに】



彼女は僕に馬頭琴を弾いてくれた。

チェロにも似た調べが風に乗り夜空に染み渡る。

高く

低く

物悲しく。



惜しみない拍手を送る僕に、彼女は頬を染めはにかんで笑った。恥ずかしそうに照れくさそうに。


そして嬉しそうに。





【駆ける】



初めての乗馬は彼女とのタンデムだった。

僕が奇声を上げる度に彼女が笑う。

揺れる!

速い!

心臓が飛び出しそうだ。

でも…

あれ?

どうして彼女も緊張してるんだ?


太腿の下で馬の骨が動く。

僕は彼女に力一杯抱きついた。





【風に舞う砂煙】



随分遠くまで着た。

村はもう見えない。

言葉も通じずジェスチャーもできない今は、彼女に帰ろうと言えない。

少女は真剣な顔で前を見ている。

僕は意を決して片手を離し彼女の肩を叩いた。



彼女は泣きそうな顔で頷いた。





【草原を走る道】



モンゴルは素晴らしい地だった!

音を立て風にそよぐ草原!

満天の夜空!

僕は彼女に感謝して帰路に着いた。




少女は草原を別つ様に伸びる道路をいつまでも見ていた。

唇を噛んで。



バスは丘陵に隠れすぐに見えなくなった。





【少女の日常】



馬の乳を搾り、家畜を追う。

狼の遠吠えに怯え夜を過ごす。

ああ、男がいたのが夢の様だ。


少女はあかぎれの手を袖に隠し、空を仰いだ。

生きるのは苦しい。

だがしかし。

彼がいた時だけは…

楽園は確かにここにあったのだ。





【男の日常】



写真を現像し、男は満足そうに笑った。

彼女に送ってあげよう!

自然に挑戦し共存する彼らは、こんなにも美しい。


男はコーヒーカップを手に席を立った。

次はどの楽園に行こうか?



写真の中少女はまっすぐ前を見ていた。
 

2010.6.26