100文字で書いた小説です。

メッセージ

【平成】



悪夢が現実になった。

事業仕分けで仕分けられた。

俺には家族がいるのに!

 

俺はリストラされた。

この歳で再就職は難しい。

娘は高校を辞めたくないと泣く。

当然だ!

俺が何とかしなくては!

売れるものは全て売ってでも!

 

 

【家族】



昨日まで普通の家庭だったんだ。

不景気だけど、何とかなった。

妻もパートに行き支えてくれていた。

一人娘は青春を謳歌していた。

 

誰がそれを壊した!

どうしたら…

どうしたら!

体が震える。

頭に血が上る。

 

助けてくれ!

 

 

 

【万年筆】



家中ひっくり返して売れる物を探した。

これは…

俺が受験生の時、父がくれた万年筆だ。

見つけた瞬間家を飛び出した!

ペン先には18Kと書いてあったから!

 

思い出など思い出す余裕はなかった。

ただただ売りたい一心で。

 

 

【古い記憶】



万年筆屋の親父が鑑定するのを、息を飲んで見守った。

せめて幾らかにはなって欲しい!

身を乗り出した時、軸の奥から何かが転がり落ちてきた。

黄ばんだ古い紙だ。

小さく折り畳まれたそれを、親父は丁寧に差し出した。

 

 

【父】



塵かと思った。

折角の売り物の価値を落とす物だと。

俺は眉を顰めながらも、それを開いた。

瞬間

世界が反転した!

指が震えた。

そこには力強い父の筆跡でこう書かれていたからだ。

頑張れ

亡き父の声が聞こえた気がした。

 

 

【昭和】



父の刻みタバコの匂いがした。

母の炊事をする音が聞こえた。

俺は受験で苛々しながら、襖を睨みつけていた。

野球中継に気が散る!

しかし、そんな事は言えない。

寡黙で厳しい父が恐ろしかったから。

 

俺は父が苦手だった。

 

 

【少年の頃】



俺は震える唇を必死に結び、胸から溢れてくる感情をやり過ごそうとした。

重たい眼鏡の奥の父の目が怖かった。

怠慢を見透かされている気がして。

父と語り合った記憶もない。

だが!

だが!

記憶の父は今の俺と同じ位だ!

 

【応え】



今なら…わかる。

あの頃の父の思いが。

涙が溢れた。

俺は…

父に謝りかけた時、父の手紙が目に入った。

そうだ!

謝罪など父は望んでいない!

 

目の前に綺麗に研かれた万年筆が置かれた。

親父の目が優しく細められている。

 

 

【てのひらから伝わるぬくもり】



俺はそっと掌に万年筆を包み込んだ。

親父が買値を告げようとしたが、俺は首を振るとポケットにしまった。

彼は頷き、俺は満たされた気持ちでポケットを押さえた。

今なら父に応えられる気がする。

俺もまた父親だから!

 

2010.7.1