幕末 沖田総司 成り代わり

あの石段を飛び越えて

 


それから男は何も言わない私に焦れたのか、勝手に家捜しを始めた。

盗られる物は何もないけど、正直気持ちのいいものじゃない。

 

男はややあって私のところへ戻ってくると、難しい顔でこう言った。

「おい、おめぇこの家は一体ぇどうなってんでぇ?」

「え?」

「勝次郎さんはどうしてる?」

また父の名だ。

ということは、この人はやっぱり父の知り合いなのだろうか?

恐々男を見上げてみる。

父は生前武士だった。目の前の男は……どう贔屓目に見ても堅気には見えない。

私のもの言いたげな視線にやっと気付いたのか、男はああ、と呟きを漏らした。

「この坊主め、警戒してやがったな。安心しな! 俺は昔おめぇさんの親父さんに世話になったもんだ。大野の名前くれぇは聞いたことがあるだろぅ?」

申し訳ないけど……

少し躊躇った後、思い切って頭を振ると、その人は

「そうかィ」

と言ってもう一度家の中を見回した。

そっか……。

どういう関係かはわかんないけど……父さんの知り合いなら、変な人じゃないだろう。

あれ……?

でも、それじゃあ父さんが亡くなったってこと、言っといた方がいいのかな?

私はじっとその人を下から見上げた。

父さんの知り合いっていう目でその人を見たら、今までの言動も私を心配しててくれたんじゃ、って思えるから不思議だ。

顔に大きな傷があったし……乱暴な口調だったから。

怖い人だって思っててごめんね!

心の中で謝りながら父のことを伝えると、その人は驚いたように目を見張って、父を追悼するように眉間に皺を寄せて目を閉じた。

「そうかィ……もっと早くに知ってりゃあな……ご内儀はそれじゃあ、さぞかしご苦労されたことだろう」

「あ、母さんも……」

父さんが亡くなって後を追うように儚くなってしまったから……

そのことを思い出してしょんぼりと言うと、頭の上にゴツゴツとした大きな手がのった。

父さんのものとは違う――だけど大人の人のがっしりとした掌に、ふいに――

父さんに撫でられた時のことを思い出して――

胸に寂しさとか懐かしさとか……暖かくて泣きたくなる位嬉しいって気持ちが、ふわっと押し寄せてきて、私は慌てて唇を噛んで俯いた。

 

父さんと母さんのこと、ちゃんと割り切ったつもりだったのに……。

まだダメだったみたいだ。

哀しくて寂しくて。初めて会った人の前で、泣きそうになるなんて……

バツが悪くて照れくさくて真っ赤になった私を見て、その人は柔らかく目元を綻ばせて、安心させるように微笑んだ。

 

 


2010.7.9

2010.7.24