幕末 沖田総司 成り代わり

あの石段を飛び越えて

 

思わぬ申し出



それからしばらく、思案するように、その人は腕を組んで難しい顔をしていたけれど。

「おい坊主。この家にゃぁ、オメェと他に誰が住んでるんでェ?」

私の顔を覗き込んで、思い切ったように口を開いた。

「……みつ姉さんと、きん姉さんと、お婿さんの林太郎さん」

別に隠すようなことじゃないし、素直に答える。

「……姉さんっつっても、まだ年端もいかねぇ小娘じゃねぇか……」

姉さんには会ったことがあるんだろう。

思い出すように言って、大野さんが唸った。

「う、ん」

確かにそうだけど……。

でも!

姉さんは、平成時代の14歳とは比べ物にならないくらい、しっかり者だし、朝から晩まで身を粉にして働いてくれている。

あまり、姉さんのこと見くびらないで欲しい。

 

口には出さなかったけど、その思いが顔に出たんだろう。

大野さんは苦笑すると、私の頭を乱暴に撫でた。

「そう怒るな。別に、オメェの家族を悪く言うんじゃねぇが、この家に焼酎も薬もねぇのは事実だィ。……それだけならまだしも、オメェら今日食う物にも事欠く生活をしてるんじゃねぇのか ィ?」

私は答えられなかった。

それでも!

それでも、私たちは幸せだったから……。

いつもお腹はすいていたけど……。

大切な家族と身を寄せ合って生きている。それだけで満足だったから。

何も知らない他人に、私たち家族のことをとやかく言われたくない!

着物を握り緊めて、唇を噛む。

もっと私が大きければ……。

私が役に立てば、姉さんたちの助けになることができたのに。

そうすれば、こんなこと言われることもなかったのに。

悔しかった。

私は、大野さんが私をじっと見ていることに気が付かず、自分を責めて足先を睨みつけていた。

 

ややあって、大野さんが組んでいた腕を解いた。

「よし!」

急に大声を出されて、ビクリ、私の肩が揺れる。

「俺が今日ここに来たのもなんかの縁だ! おい、坊主! オメェ今日から家に来い」

大野さんは名案だとばかりに、パシリと太腿を叩いてそう言った。

「えええッ?」

思ってもみなかった申し出に、心底驚いて私は素っ頓狂な声をあげた。

「とりあえず、手当てもしなきゃならねぇしな!

足の骨は折れちゃあいねぇが、放っといていいモンでもねぇ。

家に来りゃあ、手当てができる!

なぁに、心配なん ざしなくても、後で家から使いのモンをよこして姉さんたちに言付けてやるからよ!」

大野さんはそう言うと、ひょいと私を持ち上げて肩車した。

「う、うわぁ!」

いきなりのことに、バランスを崩しそうになって慌てて大野さんの頭にしがみつく。

悪い人じゃないっていうのは、わかったけど!

私の意見は聞いてくれないの!?

「おろして、おろして!」

ダメだよ、勝手にどっかに行くなんて!

姉さんたちが心配する!

それに……私、まだ完全に信用したわけじゃないんだからね! 大野さんのこと!

大野さんは私が落ちないよう、年齢のわりに逞しい腕でしっかりと支えてくれている。

けど! 私は行かないんだから!

私は降りようとして暴れた。

ダメだよ!

私は行けないよ!

母さんが死んだときのことがフラッシュバックする。

私が急にいなくなったら、姉さんたちきっとパニックになって探し回るよ!

降りなきゃ!

私はここで、姉さんたちの帰りを待ってなきゃいけないんだから!

 

あんまり暴れすぎたのだろう。

元々気が短いらしい大野さんの額に、見る見る内に青筋が浮かぶ。

あ、と気付いたときはすでに遅く、

「手当てが終わったら、姉さんたちを呼んでやるから! 大人しくしてやがれ!」

凄みのある声で一喝され、

「ひぃ!」

私はすくみあがった。

 

私が大人しくなったことに満足したんだろう。

「……うちにゃあ、よく利く薬がある。そいつを飲みゃあ、こんくれぇの怪我、すぐに治るからよ。ちっと大人しくしてろィ」

大野さんが、私の足をぺしぺし叩きながら、あっけらかんと言った。

そ、そこ! 傷口!

悶絶する私を見て、大野さんは大口を開けて笑うと、意外と丁寧な手つきでドアを閉めて、沖田家を後にした。

 

ど、どうしよう!

結局、連れ出されちゃったよ!

逃げようにも、しっかり押さえつけられているせいで逃げられない。

今はこの人の言うことを信じて、一緒に行くしかないのかな……。

 

ねぇ、これって本当に誘拐じゃないよね!?

 

 

2010.10.24