幕末 沖田総司 成り代わり

あの石段を飛び越えて

 

家族のこと

 
私が沖田総司として生まれ変わった時、心配していたのは家族のことだった。

私の知っている『沖田総司』はあんまり家族に恵まれなかった、って聞いている。

裕福な家庭ではなかったため、幼い頃口減らしに出されたのだと。

 

だから、心配していたんだ。

ただでさえ、私は総ちゃんの偽物みたいなものだから――

生まれてきても、良かったのかな、って。

 

でも、杞憂だったみたい。

やっと歯が生え揃ってきて、片言の赤ちゃん言葉を話し始めた私に、家族はメロメロになったから。

私より11歳年上のみつ姉さん。

13歳にしては大人っぽくてしっかり者の姉だったけど、どんなに忙しく仕事を手伝っていても、暇を見つけては私のところに走ってきて、細い目を柔らかく綻ばせて、可愛い可愛いと話しかけてくれる。

母さんのお古の地味な着物を着て、いつも襷を掛けて手ぬぐいを被っていたみつ姉さん。

そんな彼女の癒しになるなら、と私は精一杯の笑顔で彼女を迎えて、まだ動きづらい舌を一生懸命に使っては、姉さんの名を呼んで笑いかけた。

 

私より7つ年上のきん姉さんは、まだ9歳なのにとってもおしゃまで元気一杯。

みつ姉さん同様、渋い色合いの着物を着ていたけど、女の子なんだなぁ。

いつも簪代わりに、野の花を髪に挿していた。

そんな二人がキラキラとした目で一生懸命話しかけてくれるから。

私が普通の子供よりも話し始めるのが早くても、母さんは不思議がったりせずにむしろ喜んでいてくれた。

色の白い、線の細い母さん。

正に日本の母、という感じの凛とした女性で、同性ながらも憧れてやまなかった。

いつもピンと背筋を伸ばして、きっちりと着物を着こなしている。

袖から覗く手はあかぎれてて痛そうだったけど、そんなそぶりなんかちっとも見せずに、いつも柔らかく微笑んで私たちを育ててくれる。

母さんを見ているとね、全然違うタイプのはずなのに……平成に生きていた頃の母さんを思い出して、無性に悲しくなった。

私が『宗次郎』じゃなくて、『私』だった頃の母さん。

今頃、どうしているんだろう?

私、突然死んじゃったみたいだから……悲しんで、いるかも、知れない。

ごめんね、ごめんね。

心の中で謝っても、未来の母さんには届かない。

ただ苦しくて、寂しくて。恋しくて――

声を上げてわんわん泣くと、総ちゃんの母さんは、仕方なさそうに目を細めて、愛おしそうに私を抱きしめて安心するまであやしてくれた。

でも、総ちゃんの母さんは、私の母さんじゃない。

それが、哀しくて―― 一層声を上げて泣くと、優しい手つきで宥めるように背を叩いてくれた。

『母さん』

二人とも、本当の私の母さんだけど――

でも。

総ちゃんの母さんは、『総ちゃんの母さん』っていう目でしか見れなくて。

罪悪感にかられて、私は力の入らない指でぎゅっと母さんの着物を握って、謝るように涙に揺れる視界で彼女を見上げる。

全てを許すような、慈愛に満ちた微笑が見たくて。

安心させて欲しくて……

そんな私を、母さんは優しく見つめると、穏やかな声で子守唄を歌ってくれた。

ゆったりとしたリズムの、だけどどこか物悲しい音色の唄にすがるように、私はいつも眠りに付いた。

 

総ちゃんの父さんは、武士という感じの人だった。

厳格で生真面目な、日本の父という感じの人だった。

まっすぐな人で、無類の恥ずかしがり屋らしく、いつもは背筋をしゃんと伸ばしていかめしい顔をしているのに。

家に誰もいないのを確認しては、私の傍によってきて赤ちゃん言葉で話しかけてくれるんだ。

抱き上げるのは怖かったのか、いつも恐る恐る手を伸ばしてはひっこめて、って葛藤していたけどね。

目じりに皺を寄せて、全身で愛おしいって言いながら、赤ちゃん言葉を話してくれる父さん。

姉さん達がこの姿を見たら、きっとびっくりしてぽかんとしちゃったと思う。

(母さんはきっと、父さんのこの姿を知ってる、って思う)

 

大好きな、私の家族。

大切な私の家族。

精一杯の愛情表現で、小さなもみじの手を伸ばして頬に触れると、誰もが笑顔になって喜んでくれた。

良かった。

総ちゃんは、こんなにも皆に愛されていたんだ。

口減らしに出されたのだって仕方のないことで……

本当は、こんなにも望まれて生まれてきたんだ。

 

そう思うと、一層家族が愛おしくて。

私は家族を抱きしめるように、声を上げて笑った。

 

 


2010.4.18