幕末 沖田総司 成り代わり

あの石段を飛び越えて

 

それから時々、源さんは遊びに来てくれるようになった。

仕事の合間を見つけては来てくれているのか、いつも来る時間はばらばらだったけど。

いつも暇をもてあましている私は、源さんが来てくれるのが楽しみで仕方がなかった。

夏になって日が長くなって。

姉さんたちも林太郎さんも、返ってくるのが遅くなったから余計にだろう。

大体家には誰もいなかったから、私は一人でぽつんと時間をつぶすしかなかったのだから。

 
 

植えられるもの



 


その日も朝からいい天気だった。

どこか遠くのほう――ううん、近くでもいっぱいニイニイ蝉が鳴いていて、私は暑さに寝苦しさを覚えて、ゴロリと寝返りを打った。

「うー、ん……」

暑いから、と布団もかけずにペタリと畳にほっぺたを押し付けて昼寝をしていたんだけど。

額に浮かぶ汗に前髪はべったりと張り付いて、暑さにいやおうなしに意識が覚醒させられる。

と、同時に庭からなにやらざくざくという小気味良い音が聞こえてきて、私は目を覚ました。

 

今……何時ごろだろう?

姉さんたちが仕事に行ってから大分経つから――

私はぼんやりと起き上がって、目をこすった。

障子越しに入る光は、燦々と明るく輝いている。

もう昼を過ぎたのかもしれない。

私は誰も見ていないのをいいことに、大口をあけて欠伸をすると耳を澄ました。

うん、やっぱり聞こえてくる。

ざくざく、ざくざく。

一定の小気味良いリズムを打つそれは、どうやら何かを耕す音らしい。

お百姓さんが畑を耕しているのかな?

けど。

あれ?

私は今の時間帯を思い出して首をひねった。

今は一番太陽が高い時間だ。

これだけ強い日差しの中、お百姓さんたちは外で仕事はしていないだろう。

蝉はうるさいぐらいにチーチージージー鳴いているし、転寝をしていただけでも背中にびっしょりと汗をかくくらいだ。

今はきっと納屋で仕事をしているはず。

じゃあ、何?

息を詰めて耳を澄ましてみたけど、やっぱりそれは誰かが畑を耕している音に聞こえる。

私は首をひねって、ハッとした。

あれ? この音、うちの庭から聞こえてない?

「……!」

私は半開きの目をぱちりとを開けると、勢い良く障子に飛びついて開け放った!

途端、強烈な夏の日差しが目を突き刺し、眩しさに視界が白く染まる。

燦然とした太陽に照らされ、生垣の葉は濃い緑にてらてらと輝き、

私はその焼け付くような日差しの中、見知った姿を見つけて驚愕に思わず彼の名を呼んだ。

「源さん!」

源さんだ!

源さんがいる!

日に焼けた真っ黒な顔を笠の下に隠して、着物の裾を帯に挟んで汗を流しながら鍬を振るっている!

「え……」

いきなり、どうして源さんが……他人の家の庭を耕しているんだろう?

ぽかんと口を開けて見つめていると、視線に気づいた源さんは

「おー! 宗次郎!」

顔をくしゃくしゃに綻ばせて、私の名を呼んだ。

「な、なに を しているの?」

「ん? 見ての通り畑を作っているんだ」

「畑?」

……いや、そりゃあわかるけど……

林太郎さんにでも頼まれたのかな?

確かに家の庭はそこそこに広い。

一応武士の体面を保つため、雑草だけはぼうぼうに生えないように気をつけていたけれど、庭木に費やすようなお金も時間もなかったから、庭は空き地みたいに遊ばせているだけだった。

 

源さんはその庭を慣れた手つきでどんどんと耕していく。

私は覚悟を決めて日向に飛び込むと、源さんの横にしゃがんでそれを眺めた。

源さんが小石を弾く。

(あ、ダンゴムシ発見)

薄い茶色の痩せた土が、細かい砂煙になって風にふわりと舞い上がる。

私は顔の前まで流れてきた、黄色の風をふぅと吹き飛ばすと源さんを見上げた。

何を植える気なのかな?

今まで寂しかった家の庭が、源さんの手でどんどんと変わっていく。

殺風景だった地面が、ほこほこと柔らかそうに盛り上がっていくのを見ると、何だかわくわくしてきた。

「なに を うえるの?」

思い切って聞いてみたけど、源さんは

「んー」

とごまかしてニコニコ笑うだけで教えてくれない。

だから余計に、想像が膨らんで楽しくなってくる。

(まるで私の心も一緒に、耕されていくみたい!)

ほっぺたが赤いのは、きっときっとこの暑さのせいだけじゃないはず!

私は興奮に目をキラキラとさせて、鍬の動きを目で追った。

 

どれくらいそうしていたんだろう?

源さんは一頻り耕してしまうと、腰にてを当ててうんと伸ばすと、達成感のある顔で畑を見回した。

すごい!

見慣れた家の庭なのに、ちゃんと畑に見える!

大きさにしたら、6畳位の広さかな。

まだ何も植えられていないけど、私は期待をいっぱいに膨らませて、源さんを見上げた。

源さんは一体何を植えるんだろう?

 

あんまりにも私が一心に見つめるものだから、源さんは照れたように気恥ずかしそうに笑って、大きな手でぐいぐいと頭を撫でてくれた。

「雑草はお前に任せるぞ! 宗次郎!」

源さんは早口で、照れ隠しにそう言っただけかもしれないけど。

私にも何かできることがある。

仕事を任された!

そのことが嬉しくて、誇らしくて!

私はパァッと顔を輝かせると、大きく頷いて源さんの足にしがみついた。

「うん! まかせてよ! 源さん!」

 



2010.4.30

2010.5.26