神社の銀杏が黄金に色づいていた。
僅かに斜めに傾いた鳥居は風雨にさらされ、侘びた風情をかもし出している。
ふっくらと地面を覆う緑の苔の上を、覆うばかりに銀杏やもみじが彩っている。
山南敬介は足を止めると、眩しそうにそれを眺めて隣を歩く土方歳三に声をかけた。
「少し寄って行っても構わないかい?」
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二人がひょっこりと出会ったのは、半刻前のことである。
土方は行商の帰り道。
山南は手土産を持って試衛館へ向かう途中。二人はばったりと出会った。
「あ」
声を上げたのはどっちだっただろう?
一瞬、ほんの一瞬、山南は顔に途惑うような色を浮かべたが、すぐに綺麗にそれを消してにっこりと笑って挨拶をした。
その一瞬の感情を見逃さないのが、土方である。
小さく眉間にしわを寄せると、ぶっきらぼうに挨拶を返して、二人は並んで歩き始めた。
山南と土方は、特に仲が良いと言うわけではなかった。
仲間であるという認識はあったが、それ以上ではない。
二人は他人の感情に敏感すぎるのだ。
山南は土方に嫌われていると思っている。
ゆえに今日のように、ふいに二人きりになった時。途惑うような、困ったような感情をチラリと覗かせる。
それに気付いて不機嫌になった土方に気付いて、ますます困り果てる。
顔には笑顔を浮かべて、一生懸命話題を探しはするものの、土方は短い生返事しか返してくれない。
まいったな……。
困り果てて首筋を撫でながら話題を探して視線をさまよわせた時――ふいに山南の目に見事な銀杏が飛び込んできた。
「土方君」
「……何だ?」
「その、少し寄って行っても構わないかい?」
「ん? ……ああ」
山南の指す方を見て、初めて土方も銀杏に気付いて足を止めた。
どこかで落ち葉を焼いているのだろう。焚き火の匂いがする。
二人は並んで社に腰を下ろすと、土方は無言でキセルを取り出してふかし始めた。
そこかしこで声高く囀るのは百舌鳥。
屋根の上を歩いているのか、小鳥が飛び跳ねる小さな足音が聞こえてくる。
「見事な銀杏だ」
「ああ」
「よく近くを通るのに、こんな所があるなんて気が付かなかったよ」
「俺もだ」
土方は紫煙を吐き出すと、首を上に向けてぐるりと辺りを見回した。
「よく見つけたな。山南さん」
この神社は防風林の奥に隠れる様に建っていて、通りからは少し見えづらくなっている。
嬉しそうに――それでも顔には分かるほどの感情は浮んでいなかったが――辺りを見回している土方に、山南は照れたように口元を緩めると
「偶然だよ」
はにかんで笑った。
「誰にも教えるなよ。山南さん」
「え?」
「特に原田たちには絶対に言うな」
「何でだい?」
「……あいつらにぁ風情なんてもんはわからねぇ。落ち葉を集めて焼き芋を始めるのがオチだ」
「……まぁ、否定は……できないね」
山南が苦笑すると、土方は小さく笑って隣の山南を見た。
「そろそろ行くか?」
「ああ、そうだね」
立ち上がって、几帳面に汚れてもいない着物をはたく山南を見て、土方はぶっきらぼうに何事かを告げると、先に立って歩き始めた。
「土方君!」
後ろで山南が驚いたような声を上げて、慌てて土方の横に並ぶ。
土方はとぼけるように空を見上げると、
「秋だなぁ」
ため息混じりにしみじみと呟いた。
「え?」
面食らってつられるように山南も空を仰ぐ。
澄み切った空には一面に鱗雲が浮んでいる。
あぜ道でススキが音を立ててそよいでいる。
何となく先ほどの土方の言葉に返事をしそこなって、山南は困ったように小さく首を傾げて苦笑を浮かべると、早足の土方を追いかけた。
「俺に気を使う必要なんざねぇよ。山南さん」
仲間だろ?
嫌われていると思っていた土方の一言が、自分でもおかしいくらいに嬉しかった。
ふわふわと弾む心を宥めて、先ほどよりも早足になった土方を追いかける。
山南は、後ろから見えた土方の耳が赤くなっているのに気付いて笑みをこぼすと、それに気付いた土方はムッとしたようにますます足を速めて歩き始めた。
嫌われていたんじゃなかったんだ。
ただ、お互いに人の気持ちに敏感すぎただけで――。
山南はふと肩の力を抜くと、慌てて土方の背中を追いかけた。
「土方君!」
「……何だよ」
もう息の詰まるような思いは感じなかった。
2007.1.7