ひととせ

弥生



 

※ 下品につき注意

 

奉公先より帰って以来、土方歳三は家業の石田散薬を売り歩く日々を送っていた。

黒い薬箱の上に剣術道具をくくりつけて、得意先を廻りながら剣術修行を行なっていたのだ。

その武者修行の帰り道のことである。

多摩川の川原に見知った二人の姿を見つけて、歳三は声をかけた。

5つ年下の原田左之助と、4つ下の永倉新八だ。

「何してンだ?」

「あ、歳三さん!」

永倉の影になっていて遠目には分からなかったが、惣次郎もいたらしい。

ひょこりと顔を覗かせると、にこにこと笑って駆け寄ってきた。

「よぉ、歳さん! 今帰りかぁ?!」

底抜けに明るい原田が、ぼりぼりと腹をかきながら言う。

「ああ」  

こんな所で何をしていたんだ?

不思議に思って三人を見比べると、

「へへ」

永倉が鼻をこすって、にたりと白い歯を見せた。

「あいつを狙ってな。飛ばしてたんだ」

あいつ?

首をかしげて原田を見ると、にたりと永倉と同じ表情を浮かべて、雑草を指差す。

生い茂る緑の中、一際高く背を伸ばしている”すずめのてっぽう”。

「永倉さん!」

永倉がそれを指差した瞬間、惣次郎が慌てたように彼の袖を引っ張ってたしなめた。

「飛ばす?」

何を?

眉をひそめると、原田が悪戯っ子のような笑みを浮かべて袴の裾をまくって見せる。

「俺たちの鉄砲はスズメの、なぁんて小せぇモンじゃあねぇけどな!」

そう言って、用を足す仕草をしておどけてみせると、

「違ぇねぇ!」

腰に手を当てて永倉が笑った。

なるほど。

いつもの悪ふざけか。

二人はいつも何かしらのくだらない遊びをしては、ふざけあって笑っている。

今日はそれに、惣次郎が巻き込まれたらしい。

見れば雑草の周りは、水溜りになっている。  

チラリ。

横目で惣次郎を見ると。

大人気ない二人に真っ赤になって、しきりと早く帰ろうと催促している。

恥ずかしいのか泣きそうに眉を寄せて、声代わりをしていない舌足らずな声を張り上げては、二人の周りを廻って袴を引っ張る惣次郎を見ていると――  

むくむくと悪戯心が芽生えてきた。

「よし!」

薬箱を地面において、横目で惣次郎を伺い見ながら件のスズメのてっぽうの正面に挑むように立つ。  

普段なら到底そういうコトをしそうにない歳三の思わぬ参戦に、原田と永倉が沸いた。

「歳三さん!!」

悲鳴のような声で惣次郎が叫ぶ。


もちろん本気でするつもりはないが。

袴に手をかけると、

「うぉッ!?」
 

突然がしりと腰に惣次郎が飛びついてきた。

「やめて下さいよ! 歳三さんまでッ!! 大人なのにっ!!」

―― 男同士なのに。何がそんなに恥ずかしいんだろう?

ふと疑問が頭をよぎったが、真っ赤になった顔を押し付けてくる惣次郎が可愛くて、頭をクシャリと撫でると  

「冗談だ」

歳三はニヤリと笑って、地面においていた竹刀を惣次郎に押し付けた。  

薬箱を背負いなおして

「帰ンぞ」

原田たちに言うと、歳三もノッてくれると思っていた二人は、口々にぶーぶーと文句を言いながらも、のそのそと付いてきた。

惣次郎は自分のものよりも重い、歳三の竹刀にはしゃいで素振りをしながら歩いている。

原田と永倉は、後ろのほうで他愛のない話をしながら、大声で笑っている。

彼らの声に、農作業をしていた老百姓がギョッとしたように振り返った。  

その度に惣次郎は恥ずかしいのか、唇を尖らせてじとりと物言いたげに二人を振り返る。

雲雀がひっきりなしに囀っている。

道の小石を踏みつけると、川原で踏み潰した雑草の匂いがふわりと鼻に届いた。

春のにおいの染み付いた草履。

サラサラと流れる用水の水しぶき。

道の両脇には”タンポポ”や”ホトケノザ”が咲いている。

微風に、ヨモギやオオバコが白い葉の裏を見せてそよぎ、畑でなく山羊の声がした。

暖かな春の午後。


4人の笑い声は、いつまでもいつまでもやむことはなかった。  

 



2006.7.24