「つまんない……」 生きていたって、本当にいいことってない。 それが最近の の口癖だった。 高校二年生という微妙な年齢も関係しているのだろう。 クラスの中では、自分がなりたいものをしっかりと持っていて、それに向かって努力している者もいる。 だけど、自分には何もないのだ。 なりたいものも、やりたいこともない。 「こんなんで進路を決めろって言われても……」 そんなのムリだよ。
は口を尖らせて文句を言うと、土手に腰を下ろして川原を走り回る愛犬を眺めた。 四月の空はどこかぼんやりと霞んでいて、晴れているのにすっきりと青空が見えない。 まるで自分のようだ。 はまた落ち込んで膝を抱えた。
既死
はどこにでもいるような少女だった。 目立った特徴もなければ、成績も中くらい。 人と違ったことをするのが怖くて、皆から飛びぬけないようにいつも気を使っている。 平凡を絵に描いたような少女だ。 自慢はさらさらの指通りの良い髪。 友人たちにはよく 「伸ばしたらいいのに」 と言われるが、女の子らしい格好をするのも何だか恥ずかしくて、何となく短いまま今日まで来てしまった。
「はぁ……」 は重たいため息をつくと、近くに生えていた土筆をぶちりとひき抜いた。 「何かいい事ないかな……」 何でもいいから楽しいことがあればいいのに。 地震・台風・インフルエンザ――最近、明るいニュースを全然聞いたことがない。 (お姉ちゃんも、いつ会社クビになるかわかんないって、毎日言ってるし……) 五つ上の姉は社会人だったが、最近特に会社の経営がうまくいっていないらしく、夜ネットでハローワークの求人を見ているのを知っている。 (こんな時代なのに……) 将来の夢は? なりたいものはないの? (なんて言われても、答えられないよ) 仕事は何でもいいから、ずっとつぶれなくて退職するまで働けるのがいい、そう進路相談で担任に言うと夢はちゃんと持ちなさい、と怒られてしまった。 「あーあ」 は空を仰いでため息をつくと、そのままゴロリと後ろに倒れた。 「何かいいことないかなぁ……」 さっきからそればかりだ。 (桜は綺麗に咲いているのに……) ちっとも心は晴れやしない。 は寝転んだまま、じとりとした目で土手の上を歩く人々を見た。 桜を見に来る人の中に、老夫婦を見かけるとうらやましくなってくる。 自分もいつか――年をとったとき、結婚した相手と並んで桜を見に来る、なんてことができるのだろうか? 土手の上――川に沿って植えられた桜並木は、今が盛りと咲いている。 「……まぁ、こんな所で腐ってても仕方がないか……」 は気を取り直すと、川原の砂利を蹴飛ばす勢いで走り回る柴犬を呼んだ。 「そうじー! おいでー! 帰るよー!」 呼んだ瞬間――! ザァ―― 音を立てて桜がそよいだ。 「……ぅわ!」 急に吹いた風に、花びらと一緒に髪もかき乱されて、慌てて手のひらをかざす。 「そーじー!」 「はい?」 (……あれ?) 今誰か、返事しなかった? はきょとんとして、もう一度名を呼んでみた。 「そーじ?」 「はい」 やっぱり誰かが返事した! は慌てて手ぐしで髪を整えると、きょろきょろと相手を探した。 「こっちですよ」 クスクスと笑う声が、上から聞こえる――? 「――え?」 は目の前に人が浮いているのを見つけると、ぽかんと口を開いた。 「って、ええ!?」 ひ、人が浮かんでる!? の目の前、30cmくらい上、着物を着た青年が浮かんでいる!? ポニーテールのように結んだ長い髪。 白地の着物に、濃紺の細かい絣の模様の着物。 足はなぜか草履も下駄も履いておらず、はだしだった。 は驚いて、ぱちぱちと瞬きをした。 幽霊、だろうか……? 桜の下には死体が埋まっているとよく聞くが……。 しかし青年は悪い霊ではないだろう。 腕には柔らかそうな仔猫を抱いているし、ニコニコと無邪気に笑っていて全然怖くはない。 はしばらく呆けていたが、足元に擦り寄ってきたふわふわの愛犬の肌触りに、ハッと我に帰った。 「えっと……そーじっていうのは、この子の名前で……」 しどろもどろで愛犬を紹介する。 新撰組が好きな父のつけた名だ。 遠慮がちに言うに、青年は目をまん丸にした後、照れたようにはにかんで笑った。 「なんだ……そうだったんですか。すみません。てっきり私が呼ばれたのかと……」 恥ずかしいな、そう言いながら照れくさそうに頬をかく青年だったが、一瞬――それは本当に一瞬だったが――寂しそうな顔をしたのを、は見逃さなかった。 (あ……) 何だか自分が悪いことをしたような気になって、罪悪感に胸がザワザワする。 はおどおどと、愛犬の風に揺れる柔らかな耳元を見ていたが、意を決したように顔を上げた。 「あのッ!」 「はい?」 勢いあまって大声を出してしまい、少し恥ずかしくなる。しかし青年は気にしたそぶりも見せず、穏やかな顔で小さく首をかしげると、はほっとして続けた。 「この子の名前、そうじって言って、お父さんがつけたんです。新撰組の沖田総司が好きだったから……。お兄さんの名前も――」 総司って言うんですか? そう続けられることはなかった。 青年は驚いたような顔でを見ていて、はその反応に驚いて口をつぐんでしまった。
2009.10.9
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