私の部屋に一歩入るや否や、男は眉をひそめた。
「……散らかってて悪かったね……」
うん。わかってる。
私の部屋は物がありすぎってこと位。
CDや雑誌は収まりきらず隅のほうで塔を建設しているし、マフラーやひざ掛けは床の上にだらしなく伸びている。(他にも色々と、ね)
自分では散らかってるってわかっていたつもりだったけど、いざ他人にこんな反応をされると正直ちょっと傷つく。
男は物言いたげな表情で私を振り返ると、哀れむような目を向けてきた。
仕方ないでしょ!
こっちはつい今朝まで精神的に参ってて、片付けるどころじゃなかったんだから!
無言のやり取りをして、ため息をついて部屋を見回した私はうっと言葉に詰まった。
うん……改めて見ると、凄まじい。
足の踏み場も無いくらいに、物が散乱している。
言い訳をさせてもらうと、たまに片付けることは片付けるんだけど……。
一日経てば元のように散らかってしまうのは、一体どうしたらいいんでしょう?
私はため息を付きながら物を適当に積み上げると、男の座る場所を作った。
まぁちょっと狭いけど、これで我慢してもらおう。
私は、というと優雅にベッドに腰掛けて男を見ると、彼はやれやれとため息をついて、床の上に正座(正座!)をした。
何と言うか……見た目悪役なのに、こう見えて実は男の育った環境は割と良かったらしい。
「あ、足崩してね」
私が言うと、男はげんなりとした表情のまま、気だるそうに胡坐をかいて座りなおした。
んー、やっぱこっちの方がしっくりする!(だってこの人、本当に顔怖いんだもん)
私も足を投げ出してリラックスすると、
「じゃ! まずは名前! 名前教えてよ!」
長い足を窮屈そうに折りたたむ男に、くすりと笑ってそう言った。
「あ! そうだ。名前を聞くときは、まずは自分から名乗るのが礼儀なんだっけ? 私の名前は――」
「知ってる」
「え?」
「 」
「あ、うん。そうだけど……」
何で知ってるの?
私は眉をひそめて、男に疑惑の目を向けた。
初対面のはずなのに。ま、まさかストーカー!?
口元を引きつらせながら、心もち後ろにのけぞって男を見ると、彼は私が向ける視線に嫌そうに顔をしかめて
「これだ」
と、私に何かを差し出した。
「これって……」
免許証?
「うそ。名前漢字で書いてあるのに。読めるの?」
どう見ても西洋人なのに。親日家なんだろうか? (そういえば日本語しゃべってるし……)
私は驚いて、手の中で免許証を意味無く裏返したりしながら、まじまじと見た。
ああー……。
私の写真、写り悪いなぁ。
これを見られたのか。
目は半開きだし、口元はだらしなく 「ぬ」 の形をしている。
私はちょっと凹んだ。
その時だった――!
「! ちょっとー、アンタ帰ってきてるの!?」
母さんだ!
母さんがそう言いながら、二階に続く階段を上ってくる!
まずい!
いくら男に見えないって言われてても、半信半疑だった私は玄関を開けてすぐ居間には行かず部屋に直行したんだけど……。
話し声が下にも届いたのかもしれない。
あたふたと慌てる私に、男は物言わずずい、と携帯電話を手渡してきた。
は! そうか!
彼の姿が見えないなら――!
私は急いで奪うように携帯電話をひったくると、耳に当てて一人芝居を始めた。
「!」
危機一髪! 母さんがノックも無く勝手にドアを開ける!
私はベッドで電話中(ふりだけど、ね)
それを見てため息をつくと
「ご飯できてるから。早く降りてらっしゃい」
母さんはそう言って、部屋を出て行った。
「……本当に見えてないんだね」
私はほっと安堵すると、今度はおかしさがこみ上げてきた。
だって、そうでしょ?
こんなに怪しい人が、母さんの目の前にいたのに!
気が付かないなんて!
私は憮然とした表情の男に、ひとしきり笑うと涙をぬぐって男に向き直った。
「――で、話を元に戻すけど……あなたのお名前は?」
男は笑いの残る私の口元に複雑そうな表情を浮かべながらも、素直に口を開いた。
「ジャック」
以外にも普通の名前だ。
「ジャック、ね」
「ああ」
良かった。覚えにくい名前じゃなくて。
「じゃあ、ジャックさん。二つ目の質問よ。あなたは、何で私の家を知っていたの?」
このことは、はっきりさせとかないと!
名前の件ではうまくごまかされたけど、住所はジャックさんが免許証を見る前から知ってたんだからね!
勢い込んで前のめりになる私を見て、ジャックさんはまいったというように少し上を向くと、太い息をはいて観念するように言った。
「――ずっと、お前を見てきたからだ」
「……え?」
まさかの告白に、裏返った声が出た。
「え、本当にストーカー?」
嫌な展開に汗が流れる。
ジャックさんはカッと目を見開いて私を睨んだが、すぐに思い直したのか自嘲的な笑みを浮かべて俯いた。
「本当は――こうして表に出てくるつもりは無かったが……」
あれ、スルー?
「誰かが間抜けにも信号を無視して、車にひかれそうになるものだから」
う。
「こうして仕方なく、お前の前に現れてやったのだ」
ゆ、幽霊にも迷惑をかける私って、一体……。
自己嫌悪に陥って打ちひしがれたが、はたと気づいた。
「あ! もしかしてジャックさんて、私の守護霊ってヤツ!?」
だったら、さっきの発言にも納得がいく。
「俺は悪霊だ」
「そうでした」
って、ことは――。
「わ、私あなたにずっと取り憑かれてたってことー!?」
あー! もしかして、今まで起こった数々の不幸も、もしかしてこの人が原因!?
ジロリ。
今までの不幸を思い出して、思わず恨みのこもった視線を向けると、ジャックさんはピクリと眉を跳ね上げた。
す、凄んだって怖くないんだからね!
私が今までどんな思いで毎日を過ごしていたのか、ずっと見てきたあなたならわかるでしょ!
恐面なんかに負けるもんか!
歯を食いしばってぐっと睨みつけると、
「……まぁ……似たようなものか……」
ジャックさんは弁解もせずに、自嘲的につぶやいて苦く笑った。
「……」
こんなにも素直に言われると、それ以上怒ることもできず、私は拍子抜けして肩の力を抜いてジャックさんを見下ろした。
大きな背中が、心なしか丸まって小さく見える。
あの意志の強そうな鳶色の瞳は、まるで懺悔をする人のように震え伏せられており、私には彼が痛ましいほど傷ついているように見えた。
悪霊だ、なんて自分で言って。
そして、何の弁解もしない。
だから。彼のせいで私は不幸に襲われたんじゃないか、って単純に考えて言っちゃったけど……。
そこには何か深い理由があるのかもしれない。
私はジャックさんの何かを堪えるような瞳に、それ以上言うことができず、重い空気を振り払うように無理やり話題を変えた。
B 「……でもさ、あなたは私のことを知ってても、私は何も知らない。教えて。言える範囲のことでいいから」
2005.4.4
2008.3.9
2009.11.24