船に乗り込むと、中には10人ほどの子供がいた。

みんな好奇心を隠そうともせず、じろじろと遠巻きに私たちを眺めている。

すごい。中はこんな風になってたんだ!

私は感動しながら、中世の面影を残す帆船を歩いていた。

 

船は、私たちが乗り込んですぐ出発した。

ハッカが威勢のいい掛け声をかけ、子供たちは甲高い声でそれに答えた。

何だか本当に……御伽噺みたい。

ピーターパンを思い出して、私は顔を綻ばせた。

だって、ここにいるのは子供たちばかりなんだもん。

三人で力を合わせて、重い碇をあげる子達。

サルのようにするすると網のように張られたロープを上って作業をしている子供たち。

すごいなぁ。

すごいなぁ。

私は上を見上げながら歩いていたが、

「ん?」

ふと、小さな影がずっと私たちの後を付いてきているのに気づいて振り返った。

「あれ?」

見れば青と白のしましまのシャツを着て、汚れたぬいぐるみを持った小さな男の子が、珍しそうに私たちを見ながら後をついてくる。

毛先のところどころに茶色の混じった、水色の髪。柔らかな頬。

か、可愛い!

あどけない表情に心臓を打ち抜かれ、私はだらしなく表情を崩した。

思わず抱きしめて撫で回したくなるような愛らしいその子は、誰かのお古だろうか身体に対して大きい服を着ている。

年は――4歳くらいかな?

大きなぶかぶかの帽子にぼすりと顔を隠し、つばの下から茶色のくりくりとしたまぁるい目を覗かしている。

うわぁ!

私は思わず興奮して、ぐっと震える拳を握った。

だって、その子! もう本当にドストライクなんだもの!

二つ三つ折り曲げた袖から覗く指先、かたっぽだけ履いた靴と、ちゃんと履けずにつま先がびょーんと伸びた靴下。

構ってあげたくて仕方がない。

母性本能を大いにくすぐられて、ちらちらとその子を見ていたが、それに気づいた船長がもの言いたそうに振り返ると、その子はぎくりと肩を揺らして、のんびりした見た目に反して、慌てて逃げていった。

んんー、残念。構ってあげたかったのにな。

少しがっかりしたが、すぐに気を取り直して私は先の方へ行ってしまった船長を慌てて追いかけた。

 

船長――ハッカは、何が楽しいのか上機嫌に弾むような足取りで、私たちに自慢の船を案内してくれている。

見た目はおもちゃみたいな船だけど……。

テーマパークにあるような偽物じゃない、『本当に航海をしている』そう思わせるに十分なしっかりとした船だった。

大きさはフェリーより二回り小さいくらいかな。

遠目ではわからなかったが、実際に乗ってみると船体には沢山の傷がついていて、私は感嘆の息を吐いた。

きっとたくさんの冒険を潜り抜けてきたんだろう。

(信じられないけど、本物の海賊なんだなぁー……)

大人の姿は全然見えないのに。

この小さな体のどこに、そんな力があるんだろう?

私は、作業しながら此方が気になって仕方がないという顔の子供たちを見て、ジャックの袖をツンと引くと、小声で話しかけた。

「ねぇ、ここって子供しかいないのかな?」

「そうだ」

「え、嘘? 本当に? 何で?」

子供だけって危なくない?

まさか本当にそうだとは思わず私はぎょっとしたが、ジャックは前を向いたまま、口をほとんど動かさず小声で言った。

「子供以外の誰が、全ての海を征服してこの世の果てを見つけることができる?」

いや、そんな当たり前のことを言うように言われても……

私はなんと返事していいかわからず、曖昧に返すと改めて辺りを見回した。

 

ぴかぴかに磨きあげられた床。

戦闘の跡だろうか? 銃痕らしき穴がたくさん開いた柱。

どれもこれもが、珍しく、私には全ての物が眩しくキラキラと輝いて見える。

不思議ね。年季の入った木造の船なのに。

とても魅力的なんだ。

 

子供たちが船の主人だからかな。その船は、全体的に子供部屋のような雰囲気が漂っていた。

白いドアに描かれたチロリアンテープみたいな、可愛い花柄の模様。船をめぐる手すりに所々鎮座する、龍や妖精を模した可愛い木彫りの人形。

私は絶えず左右に揺れる足元に気をつけながら、わくわくと歩いていた。

「こっちだぞ!」

あ! デッキの方でハッカが呼んでいる!

ジャックに続いて真ん中が黒く変色した階段を上ると――

「わぁ!」

サァッ――

強い潮風が音を立てて吹き抜けて、私は腕を顔の前にかざして片目を閉じた。

透明な青い海を揺らす波が、太陽にキラキラと輝いている。

不思議!

「夢みたいなのに……夢じゃないなんて……!」

空と海のコントラストは鮮やかで、丸い水平線をくっきりと描いている。

ドクロの旗の下には、赤と白のしましまの三角形の旗がはためいていて、私は興奮して辺りを大きく見回した。

海賊。

この二文字がキラキラと私の中で輝いて、私は揺れる船に足をしっかりと踏ん張って、馬鹿みたいに口を開いて上を見上げた。

「うわぁっ……!」

なんて立派なマストだろう?

そのあまりの高さに、そのまま後ろに倒れそうになる。

高い高いところからどっしりと生える、二本の柱!

そこから複雑に伸びる、幾本ものロープ!

帆布は風をはらんで、気持ちいいくらいにスピードを上げて進んでいく!

波を蹴散らす、ザァーッ、ザァーッという音。

濃い海の匂い!

 

「あれ……あれは?」

私は、ジャックが大人しくしろと足で合図してくるのを無視して走り出した。

「おい!」

怒りを含んだジャックの声が、私を追いかけてくる。

私はそれを無視して、船首の守り神――小さな怪獣に駆け寄った。

ハッカとトーリ ―― 眼帯の青い髪の男の子、副船長だって教えてもらった ―― が目を合わせて含み笑いをした。

「ミニマンダーのサラだよ!」

すかさずハッカが教えてくれる。

「ミニマンダー?」

20cm程の大きさの人形。普通ここって女神像とかが付いてるんじゃないの?

メガネをかけた小さな赤い怪獣は、口にランプをくわえて海の方をじっと睨んでいる。

「……可愛いかも」

ちょっと太り気味で、ぶさ可愛い。

思わず笑いながら、私が撫でようと手を伸ばすと、

くるり。

金色の目が動いて、猫のような縦長の虹彩が私を捉えた。

「――え?」

私は驚いて、手を中途半端に伸ばしたまま固まった。

「い、生きてる……?」

嘘でしょ!?

驚く私の前で、ミニマンダーは蝙蝠のような黒い羽を音を立てて広げると、腰を上げてランプをくわえたまま、私の方に体の向きを変えた。

!」

咄嗟に何が起こったのかわからなかった。

ジャックが私の腕を取って、乱暴に自分の方へ引き寄せる。

膨れ上がる怒気――!

私は身体を震わせて、目を反らすこともできず怪獣を凝視した。

ミニマンダーは唸るような不気味な声を上げて、鋭い太い爪を開いたり閉じたりしながら私を睨みつけている!

爪が手すりに当たる度、カシカシと音がし背筋が寒くなった。

ラ、ランプの炎が!

彼の怒りに呼応するように、大きく渦巻いている!

「ヒィッ!」

思わず立ちすくむ私を尻目にハッカはとことこと歩いてくると、ちょんちょんとミニマンダーの額をつついた。

「触られるの嫌いなんだよ。こいつ」

「え……?」

「ホラ! ちゃんと前を向けって!」

ハッカが言うと、ミニマンダーはもう一度私をじろりと睨んで、しぶしぶ前を向いてランプを掲げた。

「あんまりウロチョロするな! なんにでも勝手に触ろうとするな!」

ジャックが私を睨んでいる。

「だって……」

珍しいものだらけなんだもん……。

少ししゅんとして口を尖らせると、ジャックは私の腕を解放して額を押さえた。

何さ!

小さい子の中に混じると、急に説教くさくなっちゃってさ!

少し面白くなくて、私はジャックから顔を背けると船内を複雑に走るロープを見た。

数え切れないほどのピンと張られたそれが、磨き上げられた甲板の上に影を落としている。

「あにちゃ」

小さな足音が聞こえて、私たちの前で止まった。

あのぶかぶかの帽子を被った男の子だ。

「トーリあにちゃ」

「イサリ」

あ、初めてトーリが喋った。

私は驚いて二人をまじまじと見た。

あの子はトーリの弟なのかな。

ペルシャ猫みたいなふわふわした子だ。

裾を引きずるズボンからだらしなくはみ出たシャツを見て、トーリがため息をついてせっせと直してやっている。

可愛いなぁ。

微笑ましくてじーっと見ていると、今度はイサリは私の方を見てにこーっと笑った。

「お姉ちゃ」

か、可愛いー!!

つられて笑顔になりながらその子に近寄ろうとすると、ガシリとジャックに腕をつかまれてしまった。

う、何よ。その目は……。

わかってるって!

大人しくしてればいいんでしょ!?

構えないのが残念で仕方がないけど、ひらひらと手を振ってやるとイサリは満足そうに笑って、ぼすっとトーリの足に抱きついた。

「あにちゃ、誰? おっきいひとたち」

「ジャックとだ」

「ジャックと?」

「ああ」

イサリは繰り返すと、ジーっと私たちを見てまた兄を見上げた。

「どこ、行くの?」

「この世の果てだ!」

トーリの代わりに、ハッカが答えた。

「このよのはて!」

「そうだぞっ! 皆に準備するように伝えて来い!」

ハッカがびしりと命令すると、イサリはちょんと敬礼して、兄ではなく自分に任されたのが嬉しくて仕方がないと言うように、飛び上がって駆けて行った。

 

 

 

  

 

2005.7.29

2010.6.17