それからまた、いつの間にか私は眠っていたらしい。

「起きろ。

「んんー……」

私はジャックに肩を揺さぶられて目を覚ました。

「ここは……?」

そうだ。

昨日ジャックと一緒に旅に出たんだっけ。

「夢じゃなかったんだ……」

ヒポグリフに乗って空を飛んだことも。シルフに会ったことも。

夢じゃないなんて……こうして太陽の下で思い返してみると、何だか変な感じだ。

ジャックは私がしょぼしょぼした目を開けたのを確認すると、立ち上がった。

 

一体どのくらい寝ていたんだろう?

太陽は随分高いところまで上っている。もう10時くらいにはなるだろうか?

水分を含んだ風は生暖かく、髪に体にまとわり付いてくる。

私は横になったまま寝ぼけた頭で、ぼんやりとジャック見上げた。

相変わらず背が高いなぁ。

いつのまに彼は起きたのだろう?

もう眠気など全然感じさせない、しっかりとした目で私を見下ろしている。

私はまた欠伸をした。

相変わらず、潮騒はうるさい。

昨日は夢の中までも、波の音が聞こえたような気がする。

ジャックは、私が寝ている間にも色々と動いていたらしい。どこから集めてきたのか、両腕いっぱいの椰子の実やバナナなどのパッションフルーツを私に押し付け、私はしぶしぶ半身を起こしてそれを受け取った。

足の下で、砂の粒が柔らかくきしむ。

白に近い、一面ベージュ色のなだらかな砂浜。昨日はわからなかったけど。こんなに綺麗だったんだ。

私はうんと伸びをすると、頭を振った。

「おはよぉ……」

うん。少し目が覚めてきた気がする。

欠伸交じりで声をかけると

「ああ」

ジャックはぶっきらぼうに返してくれた。

昨日はどうやらあのまま砂浜で眠ってしまったらしい。

外で眠った割には、身体が痛くないのはジャックが抱きしめていてくれたから、かな……?

(あれって、夢、じゃないよね……?)

ちらりと思い出してジャックを盗み見たけど、何事もなく振舞うジャックに

「何かした?」

なんて冗談を言う気もそがれて、

「ま、いっか」

私は手ぐしで髪を整えながら、どこまでも続く白い砂浜を見た。

 

ここは無人島だろうか?

人のざわめきも、車の音も聞こえない。

……ここは、私の住んでいた地球と、同じ世界にある海だろうか?

私は、こんなにも美しく青く輝く海を知らない。

ジャックは私から少し離れた所に立っている。

黒い癖のある髪が風にさわさわとそよぎ、コートの裾が揺れている。

顔は逆光で見えない。だけど――

「ん……?」

私は彼の手の中に、あまりに不自然なものを見つけて目をこすった。

ん? 私やっぱりまだ寝ぼけてるのかな?

あれって……。どう見ても……

もう一度目を見開いてそれを見つめたが、どうやら幻でも見間違いでもないらしく、それは消えてはくれなかった。

だから、私は彼に尋ねずにはいられなかった。

「ジ、ジャックさん……?」

「何だ?」

「あのー、その……手のタンポポは一体……?」

触れていいのかな?

チラッと思ったが、聞かずにはいられなかった。

恐る恐る指差す私に、彼はキョトンとした顔で自分の手を見下ろした。

無骨な指にそっと摘んでいるタンポポの綿毛!

似合わない。

はっきり言って、恐ろしいほどに似合わない!

寝起きから衝撃的にファンシーなものを見せられて、私は軽く混乱した。

タンポポの綿毛……タンポポの綿毛……。

それの使用方法なんて、一つしか思い浮かばない。

どうするの! それ!

吹くのっ!?

い、いや。だが相手はあのジャックだ。首や手にジャラジャラ鎖をつけている、物凄く強面な悪役顔なジャックだ。まさかそんな乙女な事をするわけが……。

でも、タンポポの綿毛……。

あっ!

もしかして、実は寝ぼけてて耳かきと勘違いしている?

私はハタと思い当たって、慌ててジャックに言った。

「ジャ、ジャックさん!? それ耳かきじゃないよ! タンポポの綿毛だよ!」

私がタンポポを指差しながら、大慌てで指摘するとジャックは顔をしかめて、呆れたように言った。

「……まだ寝ぼけているのか? ……」

「だ、だってそれ……どうするの?」

「決まっている」

じゃあ、やっぱり! 吹くのねっ!?

その決定的瞬間を逃してなるものか!

一気に目が覚め思わず凝視する私に、ジャックは片眉を上げると、くるりと私に背を向けてそれに息を吹きかけた。

潮風に乗って、一斉に綿毛が飛んでいく。

気持ち良さそうに飛んでいく綿毛に向かって、ジャックは小さく声をかけると私の視線に気まずそうに振り返って、顔をそらした。

不機嫌な表情を作ってはいるけれど……耳、赤いよ?

 

ジャックって……もしかして、顔に似合わず可愛い人なのかもしれない。

私の中で、彼に対する何かが音を立てて壊れた。

私は呆然として、なんと声をかけるべきかわからず、手に持ったフルーツを弄びながら、そっと目を反らした。

飛んでいった綿毛たちはもう見えない。

焚き火もいつの間に消えたのか。もうくすぶる煙もなかった。

「あの、さ……」

「何だ?」

「き、綺麗に飛んだね? タンポポ……。わ、私もやりたい、かなぁー……?」

口元を引きつらせながら言うと、ジャックは私を横目で見て、無言でタンポポを取ってきてくれた。

「あ、ありがとう……」

無言のままズイっと手渡されるそれに手を伸ばし、まじまじと眺めてみる。

どこから見ても、まごうことなきタンポポの綿毛。

それをそっと摘むジャックの短い爪。節くれ立った指。

よくこれで、こんなに細いタンポポの茎をつぶさないなぁ、と感心する。

ちょこんとタンポポを摘んだジャックは、何だか可愛らしかった。

私はジャックに倣って綿毛を吹くと、ジャックはまた小さく何かを呟いて、飛んでいく綿毛を見送った。

「何て言ったの?」

「伝令を」

「伝令?」

「船を呼ぶためのな」

「船ぇー!?」

あの、どういうことでしょう? 話が見えないんですけど。

「可愛らしく、タンポポの綿毛を吹きたかったんじゃないのっ?!」

私が言うと、ジャックは一瞬キョトンとして、見る見るうちにその強面に渋面を作った。

「子供でもあるまいし」

「何だ……私はてっきり……」

がっかり呟くと、

「船を! 呼んだんだ!」

一言一言強調するようにジャックは言って、どかりと腰を下ろして私から顔を背けた。

言い訳がましくジャックが言うには、タンポポの綿毛が風に乗って飛ばされて、どこかにいる船を連れてきてくれる、らしい。

「ふーん……いつ来るの? 船」

「さぁな」

「……今度は船に乗っていくの?」

「ああ」

「ヒポグリフは?」

「ヒポグリフでは行けないからな」

「何で?」

「俺では道がわからん」

「……どこまで行くの?」

「この世の果てに」

「この世の果て――」

私はため息を付くように呟いて、ジャックに倣ってカモメの飛ぶ水平線を、遠く見つめた。

この世の果てなんて、想像も付かない。

きっと物凄く遠くにあるんだろう。

あまりに壮大な話に、ぽかんと口を開けて青く澄んだ空を見ていると、

「船がいつ来るかわからんからな。食えるときにさっさと食っておけ」

ジャックはじろりと私を見て、つっつけどんにそう言った。

「ジャックは?」

「必要ない」

そういや、幽霊なんだっけ?

時々忘れそうになるけれど。

「いただきます」

私は手を合わせると、南国の果物にかぶりついた。

口の中いっぱいに、名前も知らないパッションフルーツの香りが広がって

「すっぱ……」

私は思わず、唇をすぼめて顔をしかめた。

どこか高いところで、しきりとかもめが鳴いている。

ザワザワ

ザワザワ

椰子の葉が音を立てていっせいにそよぎ、私は暑くなりそうな予感にそっとため息をついた。

 

 

 

  

 

2005.6.21

2010.6.11