それから二日後――。
「来たぞ」
やっとジャックの言う船影が見えたとき、私は文字通り飛び上がって喜んだ。
だってさ!
いくら綺麗な海とはいえ、二日も無人島にいたんだよ!?
二人っきりじゃすることも限られているし、何よりPCも本もないから暇をもてあまして大変だった。
食料だってジャックが置いていったバッグに入れてたから、自給自足するしかなくて。
さすがに三食パッションフルーツはきつかった……。
私が愚痴をこぼすと、ジャックはどこからともなく巨大イモムシやら蛇やらを捕まえてきて、
「食うか?」
とは言ってくれたけど。
私は絶叫した後全力で拒否し、ジャックはつまらなそうにそれらをポイと放り投げた。
かさかさと雑草を揺らしながら逃げて行くそれらを見ながら、私は絶対に食べ物のことでジャックに愚痴をこぼすまいと固く心に誓ったものだ。
それから急いでジャックの腕を引っ張って、海水で手を洗わせて――その日はジャックと離れて大の字になって寝た。
夜は満天の星を見ながら。砂浜で焚き火を焚いて眠り、朝はジャックに目隠しをして、グルグル回してダッシュさせたりして遊んだ。
波の音も。
二人きりのビーチフラッグ争奪戦も、
ジャックをからかうのも、
ジャックと並んで、二人でぼんやりと水平線に太陽が沈むのを見るのも、
何もかも飽きる頃、それは本当に救いの船のようにやってきたんだ!
「早く! 早く行こうよ!」
真っ青な海に白い泡の線を引きながらやってくる船に、私は裸足のまま片手に靴を引っつかんで、ジャックを置いて走り出した!
焼けた砂が、足の指の間に入ってくすぐったい。
やれやれ。
これみよがしにジャックがため息をつく。
でもね、最近少しジャックの表情が読み取れるようになってきたんだよ。
今のため息は、仕方ないって呆れるだけじゃなくって、船が来たことにちょっとだけほっとしているんでしょ?
「ジャック!」
私がジャックを振り返って名前を呼ぶと、珍しく彼は目元を和らげて口元に小さな笑みを浮かべた。
うわ! 反則!
そんな貴重なものを見てしまったからかな、とたんに顔にかぁっと熱が集まり、私はドキドキと騒ぎ出す心臓をごまかすようにクルッと前を向いて走り出した。
不意打ちだなんて、卑怯!
いつもは、疲れたように口元をぎゅっと一文字に結んでいるくせにさ!
いきなり笑うなんて……。
強面だけど……ジャックは顔だけはいいんだから。
だけ、じゃ、ない……けどさ!
(って、何言ってんの! 私!?)
私は真っ赤になって慌てて首を振ると、動揺を押し隠して前方に浮かぶ船を見つめた。
冷たい波が脛の辺りでポチャポチャぶつかってきて、気持ちいい。
私は、引き潮になって現れた天橋立のように細長い砂浜から、船に向かって
「おぉーい!」
口元に手を当てて大声で呼びかけた。
空には大きな入道雲が浮かんでいる。
気分はちょっとした遭難者だ!
ジャックも脛の辺りまで裾を織り上げ、裸足でゆっくりと砂浜を歩いてくる。
ざくざく近づいてくる足音に、私はちょっと焦ってもう一度大声で船に呼びかけた。
船は私たちに気づいているんだろう。
だんだん大きく、近づいてくる。
風が運んでくるのは、潮の香りと爪に染み付いたパッションフルーツの香り。
海鳥が騒々しく輪を描いて海面すれすれを飛び、ジャックは急がずゆっくりと歩いてくると、私の近くで止まった。
私はジャックのほうを見ることはせず、顔の前に手のひらをかざして、船を良く見ようと目を眇めた。
(だって、今はどんな顔をすればいいのか、わからない……)
船は遠目に見ても、とてもカラフルな可愛い船だった。
真っ青な空よりも濃い、ターコイズブルーの海に映えるオレンジ色の船体!
船首には女神像やニンフではなく、怪獣のような人形がチョコンと乗っている。
舳先には、ネパール寺院に描かれている様な大きな目が描かれていてユーモラスだ。
この平成の時代に、大航海時代のような……ううん、大航海時代を模したおもちゃのような帆船に、私は興奮してさっきまでの葛藤を忘れて、ジャックを振り仰いだ。
「アレに乗っていくの!?」
「そうだ」
「うわぁ……!」
いっきにこの無人島が、なんだかテーマパークのように思えてきた。
赤、白、黄色!
派手な色使いのその船は、悠々と私たちの立つ砂浜の近くまで来ると、飛沫を上げて小さなボートを下ろした。
「本当に、アレで行くの!? この世の果てまで!?」
まるで、アトラクションの一つみたい!
だから、私は何の危機感もなくただわくわくと顔中を輝かせて言ったのに
「そうだ。あの海賊船に乗って」
ジャックの一言で、一気に気温が下がった。
「か、海賊船!?」
アレ、が?
失礼だけど、アレ、が!?
あんなブリキのおもちゃみたいな船に乗っている海賊って……一体どんなの……?
私は笑顔のまま固まった。
あんなファンシーな船に乗っている海賊って……物凄く胡散臭い。
って、海賊?
「えぇぇ……本当に海賊?」
微妙な顔で船を指差すと、ジャックは慌てて私の手を握って指を隠し
「奴らは船に絶対の愛を注いでいる。死にたくなければ、侮辱するような行為はするな!」
小さな声で、鋭く私を叱った。
「……はぁい」
何よ。ちょっと指差しただけじゃん!
確かに、うん。まぁ、指差したのは行儀が悪かったかもしれないけどさ。
だけど、侮辱って……
もっと言いようがあるでしょ!?
私は口を尖らせると、ムゥッとジャックの手から自分の指を取り返した。
そのままぷいっと顔を背けてやると、ジャックがうんざりしたようにため息をついた。
う、少し傷ついたりなんか、してないんだからね!
ムッとする私の横で、ジャックは神経質そうに目を光らせ近づいてくるボートを見つめていた。
これだけジャックが警戒しているなんて。
海賊というだけあって、やっぱりやばい連中なのかな……。
だんだん不安になってきて、私も固唾を飲んで波をかき分けて近づくボートを凝視した。
2005.6.27
2010.6.12