「何?」

報告を受けた時、我が耳を疑って土方歳三は目の前で頭を下げる山崎丞を凝視した。

この男は、今何と言ったのだろうか?

「もう一度言ってみろ」

「は」

土方がこの手の話を嫌うことは十分承知している。

しかし、事実は事実として報告しなければならない。

よもや切腹を申し付けられはしまいか。

ひんやりとした物が臓腑に落ちたが、山崎は居住まいを整えると、キッと土方を睨みつけた。

 

 

枯れ木

 

 

「先日探っておりました古道具屋の騒ぎの件ですが。長州の仕業やありません」

実際に見た自分ですら正気を疑ったような話だ。

土方は信じてくれるだろうか?

「あの騒ぎは人ではなく、妖の仕業かと」

「ほう」

あの時垣根に忍んでいた薬売りは山崎丞だった。

人の悲鳴と怒号を聞きつけ、何事かと古道具屋に走ってみれば。空き巣にでも入られたか、蔵の前に家具調度が散乱しているではないか!

「……何、や……?」

否、それは空き巣などという生易しいものではない!

鎧武者の数、凡そ30。

それらが手に手に武器を持ち、遠慮会釈もなく屋敷を破壊していく。

鎧のまとうのは殺気と呼ぶにはあまりに禍々しく。

眉をひそめる山崎は、次の瞬間絶句して目を見開いた。

 

そこにあるのは鎧だけではない!

何と言うことだろう!

見えない力に操られるように、刀や槍までもが独りでに浮き柱を斬りつけているではないか!?

暴れているのは浪人なんかやない!

化け物だ!

まさか。

ひゅ、と短い息を吸い込むと、薬屋に扮していた山崎は、正気を確かめるために自らの太ももに針灸の針を突き刺した。

「ッ……!」

鋭い痛みが走り抜ける!

素早く目を走らせたそこは、ぷっくりと赤い玉のように血が盛り上がっていた。

 

どうやら目の前の驚くべき光景は、夢幻ではないらしい。

 

そうこうする内に、あわあわと慌てふためいた古道具屋の主人に怪しげな祈祷師が連れてこられ。少年が宙を駆けたかと思うと、上空に奇怪な靄が――否それは、確かに人の顔をしていた!――が現れたのだ!

 

 

土方は報告を聞き終えた後、しばし腕を組んだまま一言もえ発することができなかった。

目の前の男が、忍びが、優秀なのは知っている。

自分に対して決して嘘を言わないことも。

しかし、俄かには信じがたい話だった。

眉間にしわを寄せ厳しい顔をする土方を見て、山崎は静かに言を待った。

 

障子の向こうからはぼんやりと午後の光が差し、隊士達が稽古に励む気合が聞こえる。

 

ややあって土方は静かに目を開けると、鋭く光る目でギラリと山崎を睨み付けた。

「報告はわかった。しかし俄かに信じられる話でもねぇ」

「はい」

「だが、お前の話を嘘だとする理由もねぇ。」

「……は」

「探れ。その祈祷師を」

亜麻色の髪の優男と、金の髪の少年。

「それでけ目立つ奴なら、すぐに見つかるだろうしな」

もしも怪しい動きを見せたときは――

「斬れ」

この時代に、妖だの呪いだのは不要だ。

土方の言葉を受け、黒い忍び装束をまとった山崎はひとつ頭を下げると、音もなく天井裏へと消えた。

 

「――妖、か……」

土方は困惑に満ちた声でつぶやくと、イライラと髪をかきむしってキセル取った。

「くだらねぇ」

日の本の国がどうなるかという時に、そんなのんびりとしたことに気をかけている暇はない。

しかし捨て置くわけにもいかない。

ため息とともに吐き出した紫煙を目で追った土方は、ぎょっとして目を見開いた。

あんな話をしていたからだろう。

障子に映る枯れ木の影が、いやにおどろおどろしく目に映った。

 

 

2009.6.8