榊の葉につけた紙垂(しで)が、かすかな音を立てて落ちた。 帝は朗々と奏上していた祝詞を途中で止め、静かにそれに目を向けた。 落ちた紙垂は、御簾の隙間から入る風にひらひらと頼りなく揺れている。 これは吉兆か凶兆か……。 帝はスと目を細めて、見定めるかのようにそれをじっと凝視した。
二人の男
鎖国をしていた日本に突如黒船が現れ開国を迫っており、帝は乱される平和に御心を痛めていた。 目に見える人災だけならまだしも、黒船の来襲と共に海の向こうの魔までもがこの地に入ってきてしまったのだ。 今や日本は京を中心に乱れに乱れ、混乱は日本全土に広がろうとしている。
元来風水によって作られた京の都は結界に守られているとはいえ、何かの拍子に一度中に入った魔は、今度は結界があるが故に外に出られなくなってしまう。 戦が。人の恨みが、更なる魔を生み、京の都はどんよりと重たい瘴気に満ちていた。 (このままではいけない……) 瘴気は人の理性を奪い、平和を乱す。 魔の影響を無意識に受け、人々は更なる混乱に死の舞踏を踊る。 「京の都を救うは、安部か芦屋か――」 現時点では、安部の鬼の方が力は上だったが。 「あの娘の血筋は侮れぬ」 いずれにせよ。 日の本が破滅に向かうのだけは、阻止しなければ……
帝は口元を引き結ぶと、恭しく頭を垂れ再び祝詞を奏上し始めた。 彼の表情は御簾に隠れ、それ以上窺い知る事はできなかったが。 祝詞は朗々と響き、京の空気に溶け込んで消えた。
2009.6.9
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