あたしがクローゼットにしまっていた物。 フリルとレースのたくさん付いた、フリッツ先生が来た時用の可愛いネグリジェ。 それから――
押入れ
エミーリアはフリードリヒを引きずるようにして教会から逃げ出すと、御者はギョッとしたように目を見開いて慌ててエミーリアに駆け寄った。 一体何があったのか? 血まみれの彼女に色をなくして詰め寄る御者は、彼女の肩にグタリと寄りかかるフリードリヒを見て更に驚いて、真っ青になって唇をわななかせた。 神父にやられた。そう言えば、この時代どんな噂が立つかわからない。 エミーリアが憤然とした表情で、カタコンベにいた変態にやられたのだ、と言えば御者は納得したような顔をして急いでエミーリアに言われるままにフリードリヒを馬車に乗せた。 心配していたフリードリヒも、今は意識がしっかりとあるようだ。 固く――指が真っ白になるほどにしっかりと医療鞄を持っているから、家に帰れば何とかなるだろう。否、何とかしなければならない。 素人目にも、神父がフリードリヒの心臓に杭を振り下ろしたように見えたのだ。 そんな傷、他の人には見せられない。 エミーリアは御者に急がせると、帰ってからのことを必死に考えた。
今日一日でいろんなことがあった。 こんなに走ったこともないし、こんなに力を使ったこともない。 頭をこんなに使ったことも……。
しかし苦痛ではなかった。 身体は酷く疲れていたが、心はやる気に満ちていた。 フリードリヒが自分の手元に舞い込んできたのだから! (誰にも渡さない!) 部屋に閉じ込めて、誰にも会わせないようにして…… (怪我の手当てもしてあげる) 親がなんて言っても。フリードリヒを自分の部屋で面倒を見よう。 レースの天蓋つきのベッドで眠るフリードリヒを想像して、エミーリアは満足そうににっこりと笑った。 ああ、幸福すぎて眩暈がしそう! 「大丈夫よ」 エミーリアは、フリードリヒの固く握り締められた拳を両手でやさしく包み込むと、そっと彼の耳元で囁いた。 「大丈夫よ」 あたしが守ってあげるから! 家に帰ったら、クローゼットにしまったもの全部取り出さなきゃ! 可愛いネグリジェと一緒にしまっていた、自分の思いも一緒に……
音を立てて黒い馬車が行き過ぎたのを見送ると、男はそっと教会の陰から出てニヤリと口元を歪めて笑った。 豪華な羽根飾りの付いた白いトリコーンに、白い軍服。 男は目を細めて黒いシルエットの教会を見上げると、軍靴を鳴らしてまた通りへ消えていった。
流行り病を恐れ、日が落ちれば人々は早々に家に戻り、通りを歩いている者は誰もいない。 ただ、街路燈の灯りだけが、男の姿を照らし出していた。
自分たちが見られていたことなど、エミーリアは知る由もなかった。
2009.10.5
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