まわりつづける

 

 

安部大将は、新しい物好きのハイカラな男だった。

自室には舶来の品があふれ、今も蓄音機から愛らしい『子犬のワルツ』が流れている。

畳の上にひかれているのは絨毯。その上にドシリとのっかるのは西洋のテーブルと椅子。

天井から下がるのも、これまた長崎で買い求めたギヤマン細工のランプだ。

 

安部は様々なカラクリや珍しいオモチャに半ばうずもれながら、芦屋に対抗するべく新しい術を考案していた。

芦屋は、闇の才能に長けている。天才と言ってもいいだろう。

普通のやり方ではダメだ。

何か新しい、ヤツの見破ることのできない術を手に入れなければ!

 

西洋の魔道書を片手に、

「コレだ!」

安部は喜びに満ちた声を上げると、丁度茶菓子を持ってきたのであろう楠の足音を聞きつけてにやりと笑った。

「ご主人ー、ラプサンスーチョン入りましたよーぅ」

「ピルエートゥ ピルエートゥ ダウリージュ ピルエーティ!」

楠が襖を開けた瞬間!

語尾に星を飛ばしながら、人差し指をぴしりと立てて五芒星を描く。

「え……?」

安部の手に絡まるのは、細い金の光!

指をぴっぴと動かすたびに、光が宙に軌跡を描く。

「も、もしかして! またッスかーッ!!?」

安部が五芒星を書き終えた瞬間!

楠の持っていた饅頭が盆ごと吹っ飛び、くるくると空中で回転を始めた!

「ちょ、ちょっ! ご主人!」

身体が! 自分の意に逆らって、まっすぐに硬直する!

ピン、とつま先が立ち上がって、バレリーナのように回転を始める!

「ご主人!」

「あっれー?」

おかしいな。

阿部はぶつぶつと言いながら、魔道書に目を落としたが。

バックにかかっている子犬のワルツが、確信犯なのでは、と楠に疑いを持たせて仕方がなかった。

「あ、間違えた! コレ、違う呪文だ!」

「ご主人ー!」

「いやー、オレ、日本語しかわかんないんだよね!」

あっはっは。

暢気に笑う主人に対し、ふつふつと怒りがわいてくる。

楠はつま先でくるくると回りながら、安部を睨もうと思ったが。

顔を上げた瞬間、回りすぎて何人にも増殖して見える安部を見付けて、真っ青になって胃を押さえた。

安部はニコニコと笑いながら、楠木の横で回る饅頭を取ってかぶりつく。

「でさ。止め方わかんないから、これも修行の一環だと思って術が切れるまで我慢していてね」

「鬼ーッ!」

「あっはっは! ナイス回転」

グ、と親指を立てる安部にムカついてムカついて。楠は器用に回転しながら安部に向かっていくと、タイミングを見計らってたくさんの幻影の中から本物にガシリとしがみ付いた。

「う、うおおぉぉぅッ!?」

「ご主人も道づれッス!」

楠にしがみ付かれ、途端に自らも回転を始め、安部は情けない悲鳴を上げて手から饅頭を飛ばす。

状況はちっとも良くなっていない。むしろ悪くなっていたが、楠はほくそ笑むと主人を掴む腕に力をこめた。

「絶対離しませんからね!」

「や、ヤメローッ!」

くるくる、くるくる回り続ける視界。

くるくる くるくる回り続けるレコード。

「止めて、止めて! 溶けてバターになっちゃうよ!」

すぐに目が回り、喚き始めた安部を見て、

「これも修行の一環ッス!」

楠は、ニィと笑って主人に告げた。

 

たまにはこんなこともあるさ。

安部大将、術失敗!

 

2006.12.16