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合気道八幡浜道場 のメールマガジン第3部 第6号 2020/07/17

タイトル 「魂の学び/魂の力/魂の修行/魂の技」(マガジンID:0000179313)
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第6号  目   次

誠の宝槍 / 高橋泥舟(謙三郎/精一) 
Vol.1「江戸城無血開城」を成し遂げた江戸幕府側一番の功績者は、誠の宝槍/高橋泥舟(謙三郎/精一)である。

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No.6
誠の宝槍 / 高橋泥舟(謙三郎/精一) 
Vol.1「江戸城無血開城」を成し遂げた江戸幕府側一番の功績者は、誠の宝槍/高橋泥舟(謙三郎/精一)である。

  合気道精神を攻究する道標として、郷里八幡浜の偉人 西山禾山禅師を研究
しました。禾山禅師と尊敬する山岡鉄舟との交流を知り、大変興味を持ちまし
た。西山禾山 田鍋幸信編の書籍の「書誌」の中に---「定本山岡鉄舟」牛山
栄治 新人物往来社「剣聖の誕生」放下延篇「悟前適水、悟後禾山」の語を引
用。「追悼集」にもあり。---の一節を発見する。西山禾山禅師の立派さに益々
感激しました。

 江西山大法寺の正面に「大法禅寺」と山岡鉄舟が揮毫した扁額があります。
見事な書です。「この様な魂の味わいある、意思の籠った書を書きたいものだ」
と感動しました。引き続き山岡鉄舟を研究する中、幕末の三舟の一人で義兄の
泥舟高橋伊勢守の武人としての生き方に感銘を受けました。

   「江戸城無血開城」を成し遂げた江戸幕府側一番の功績者は、誠の宝槍/泥舟
高橋伊勢守である。まるでこの一大難局に当たる為に「槍の修行にあった人」
であると知りました。いつの時代も敗軍は事実を曲げられて記録されます。知
名度も低く間違った人物評を残念に思い、誠の宝槍 / 高橋泥舟(謙三郎/精一)
と題し顕彰を決意しました。HPを立ち上げ連載の予定です。ご期待下さい。
http://wwwc.pikara.ne.jp/koshimizu1541/newpage39.htm

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誠の宝槍 / 高橋泥舟(謙三郎/精一)

高橋泥舟(謙三郎/精一) たかはしでいしゅう(1835年~1903年)
「至誠の人」/「至誠一貫」の生涯で、高遇なる幕臣と評される。

1835年3月15日(天保6年2月17日) 旗本・山岡正業の二男として江戸小石川
に生まれる。諱は政晃。通称幼は謙三郎・伊勢・精一。号を忍斎といい、泥舟は明
治4年(1871)年以降の号である。

1851年 母の兄弟で勘定組頭 高橋鏈之助包承の養子となる。義祖父高橋義左衛
門包實、養父包承、兄静山の指導により刃心流(ジンシンリュウ)の槍、穴澤流
の長刀を修行する。精妙を謳われ海内無双、神業に達したとの評を得るまでになる。

1855年 兄静山が27歳で早世。

1857年 槍術の師であり兄でもあった故静山と夢で試合し、泥舟の成長ぶりを喜び
別れるという境地にまで達する。高橋謙三郎23歳 この夢中の試合において、豁然
として妙諦を悟了する。


1860年 武門の誉れ高き山岡家に残る英子の婿養子に迎えた門人の小野鉄太郎が
後の山岡鉄舟で、泥舟の義弟にあたる。

1863年 槍一筋の修行により従五位下伊勢守に叙任される。

1864年 小石川伝通院内の浄土宗処静院の住職である師匠なる琳瑞和尚(現在の
山形県西村山郡河北町に出生)に相まみえる。以来琳瑞和尚とは足しげく往来し、
法話を槍術鍛練に生かす。

「和尚、私は今、そうしていられるあなたのお顔を拝見して、しみじみと思うのだが、
あなたの進まれると、私の槍とはだいぶ道が違っているようです。」---

「今日から、われらの師匠は、あなたかな」「そんな事はないが、道の違う事だけは、
あなたの今一歩というさとしと、死んだ兄を目の当たりにしておかげで確と自悟しま
した。和尚どの、あなた方仏家の道は、障子一重に小野小町や衣通姫が艶色したたる
嬌声を発しているのを聴きながら、われらはかれらがために煩悩を起してはならぬ。
戒律に違うててはならぬ。それでは仏になれぬとご修行なさるのが、道としていられ
るように感じました。しかし、私が苦しみ抜いて漸くして自悟たした槍法はこれと大
いにその趣を異にする。私は小野小町や衣通姫の雪の肌も遠慮なく抱き寝もすれ、肌
着も中着も上着も付け揃えて仕立てをしてやって、それをいっそ立派に仕上げてやる
のが道であると覚え知った。それもこれも、和尚どのの言葉から決着自悟した。有難
い事です。」---

「これは恐れ入った」「参りました。先日の御道場の先生と、今の先生は別人でいら
れる」「和尚どののたまものです」「和尚どの、高橋はひとりよがりを、しかも卑俗
の語を以て申したが、これで胸中がまことにさっぱりした。この後はどうぞ、道場へ
もお越し下って、何かとご教示を賜りたい。」「それはこちらから申す事、先生、ほ
んとにあなたは今日からわれらが師匠ですよ」---泥舟が、ここまで達するには、並
大抵の苦心ではなかったであろう。高橋伊勢守33歳 悟った後の「仕上げの行」に進
む。明治維新の後だいぶたって泥舟は琳瑞の生まれた山形県の谷地を訪れている。

1866年 新設の遊撃隊頭取、槍術教授頭取を兼任。

1868年 正月遊撃隊頭となり即日同隊軍事委任の命を受く。幕府が鳥羽・伏見
の戦い敗戦後、帰東した徳川慶喜にいち早く恭順を説く。2月江戸城から上野寛
永寺に退去する慶喜を遊撃・精鋭二隊を率いて護衛。3月大目付上席遊撃精鋭両
隊総括兼奥勤。慶喜から絶大なる信頼を得る泥舟高橋伊勢守は、護衛の為離れら
れない自分に代わり山岡鉄舟を官軍側に派遣して徳川家の救懈を交渉させようと
献策。慶喜から直接の命を受け、鉄舟山岡鉄太郎見事に大役を果たす。
4月11日
江戸城開城、慶喜を護衛して水戸に供奉する。12月静岡移住。


1869年 田中奉行として地方八万石、士族1200戸を預り組となす。静岡藩となり
大属席となる。 

1872年 泥舟 高橋精一38歳 素心を抱き廃藩置県後は職を辞して東京に移住、良
く詩歌を作成し能書家として境地を進め、武人としての生涯を送る。

1903年 明治36年2月13日、牛込矢来町の自宅で没す。享年69歳。墓は東京都台
東区谷中六の大雄寺にある。戒名は「執中庵殿精一貫道大居士」


高橋泥舟(謙三郎/精一)の評伝
・「至誠の人」/「至誠一貫」の生涯で、高遇なる幕臣と評される。
・「幕末士道の華」と称え、明治政府に出仕しなかった事を「その心境はまことに
光風霽月のごとくすがすがしい」としている。(津久井龍雄)
・槍の達人泥舟高橋伊勢守は境地を進め、その境地を楽しんだと思う。(小清水祥孝)

高橋泥舟(謙三郎/精一)の書評
・筆をとれば雲がたなびき、龍が飛ぶ如し(阿部正人評)
・自分は泥舟の書を見るたびに筆力が「奇絶」だと思っていたが、今、この伝記を読
んでその生涯を知った。(中村櫻渓評)「高橋泥舟事略」より
・泥舟の楷書は「温雅端正」「醇厚典麗」「覇気も怒張もなく、誠に君子人の風格」
対して草書は「まるで梅の古木か龍の筋脈の如し」(書家 佐倉達山評)
・墨39号 特集幕末の志士 泥舟を「当代第一級の能書家としても名高い」「三舟の
中で泥舟の書が、品位・技術ともにすぐれていると思われる」と評価している。(書家 増田孝評)
・墨69号 特集幕末の三舟 泥舟の細楷は「天下一品」、晩年の行書には「風塵を絶
した君子然たるたたずまいに、冒しがたい威力を感じる」といずれも称賛している。
・一幅の枯れ山水画の様。風の音や滝の轟音や歌声が聴こえる。特に楷書が素晴らしい。
仮名も見事。槍の達人ならではのもの。墨の入り、伸びが堪らない。(小清水祥孝評)


参考図書

日本精神の研究 安岡正篤著
泥舟 河越閑古著
逃げ水 子母沢寛著
泥舟遺稿 安部正人編
高遇なる幕臣 高橋泥舟 岩下哲典編著
「江戸無血開城」 岩下哲典編著
歴史研究第688号 明治15年のコレラ流行と高橋泥舟 岩下哲典著
幕末三舟伝 頭山満
泥舟先生詩歌 小林二郎編著
現代禅の法話集 妙心寺派布教師会編
あなたに禅を 臨済宗妙心寺派布教々化研究会編
徳川の三舟 佐倉達山
三舟及び南洲の書 寺山葛常
武士道 山岡鉄舟口述 勝部真長編
墨39号 特集幕末の志士
墨69号 特集幕末の三舟
西郷隆盛と幕末三舟の書展 江戸無血開城百五十年
泥舟先生墨香 筆禅会発行
泥舟書簡等 小清水祥孝蔵

勝海舟の罠 水野晴夫著


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◆ 編集後記

訃報  金剛禅総本山少林寺 前代表役員として多くの後進を世に送り出した、
浦田武尚先生が、5月10日夜、御逝去されました。享年七十五。 愛媛県の世界
に誇る武道家が逝去された。残念。明大の先輩であり、郷里のOB会では、広が
る武の気に感服した。武道のお話を伺う機会に恵まれた。合掌

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○タイトル 「魂の学び/魂の力/魂の修行/魂の技」(マガジンID:0000179313)
(年2回1月と7月 17日発行)
○発行責任者:
合気道八幡浜道場  小清水祥孝
〒796-8007愛媛県八幡浜市向灘3084-5TEL0894-23-1541.FAX0894-21-1539
○ホームページ:http://wwwc.pikara.ne.jp/koshimizu1541/index.html
○発行システム:『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ を利用して発行しています。
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