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±それは、良く分かって居る。だからその次の事を聞きたい」
脇坂が言う。
簡単に説明してくれて居る香月博士だろうが、やはり、難しいテーマだった。政春は分からなかった。しかし、その脇坂の態度に少し、修二がむっとした顔になった。憧れの香月博士に失礼であろう、そう思ったからだ。でも、香月はにこやかな顔のままで、
「はい。でも、博士。そこから先は個体差があるのです。それを1つにせよと言う事は出来ないのです。あくまで、データの蓄積と言った、途方も無い時間を費やす所から始まるのが、我々の仕事でしょう。博士の考古学も、発想や、インスピレーションの中から、地道な発掘作業がある。同じ事ですよ。」
「ふ・・ふふ。なら、何でわしがここへ来たのか、少しだけ時間を貰おう。俵・・まさかお前がこの席に居るとは思わなんだ。お前の資料がこれだ。これに興味があったからだ」
修二が不満顔に一瞬なったが、香月はその資料に目を通す。
「お前さんが、
紫竜号と言う鳩で有名な事は調べて知った。わしが興味あるのは、この俵の、紅水晶、勾玉、青銅の剣、そして民話の紫竜だ」
少し乱暴な言葉使いであったが、
「それで?博士。何をヒントにされたいのでしょうか?」
香月が脇坂を見上げて言った。
「紫竜とは、紫水晶の事。恐らく民話では、その事を示して居ると見る。紅水晶は岡山と、四国にその民話が残って居る。この敦盛の地形からして、共通性があると見ている。聞きたかったのは、お前さんが、飛びぬけた競翔鳩をいかにして作り上げたかと言う事。決してそれは偶然では無い筈。それを聞きたかった。血の概論とはいかなるものかを」
「全てを簡潔にはお答え出来そうにありません、申し訳ありませんが、血の概論は研究中ですから」
「あの博士・・」
答えようとする香月を少し制して、政春が言った。
「先生、少しあちらで、私とお話しませんか?」
政春は突然の脇坂乱入の形で、楽しい一夜をこれ以上掻き回されては・・そう思い彼を立たせようとした。
「その事も、少し聞きたいのう・・。良かろう、俵、詳しく話してくれ」
「はい、皆さん申し訳ありません。敦盛の資料を脇坂博士に送ったのは私ですので、あちらで、話をして来ますので」
「あ・・脇坂博士」
立とうとする脇坂に、香月が言った。
「何じゃ?」
「志村と言う学生から、博士と同じ質問を受けた事があります。」
「何・・志村?ほう・・・」
脇坂の顔が少し曇った。
「その時、私はこう、答えました。いかなる歴史上の天才であろうと、運命を変える事は出来ません。又動物に輪廻があるとして、それを司るのはもはや神だけでしょう。博士は、その領域に踏み込まれているようですね?」
「ふ・・ふふ。流石にお前さんは鋭い。だが、もう領分はわしの及ぶ所では無い。しかし、人為的にそれを行う事が出来る者が居たとしたらどうなる?お前さんの研究もそう言う域であろうが」
「はは・・。私の生涯では、その答えはやはり出そうに無いですね」
香月は笑った。
「わしは、自分が生きている限り、その事を追及するまで。では」
一礼をして、脇坂と政春はその席を外れて、代わりに、芳川、佐野が席についた。
「何て・・失礼な博士なんやろう・・」
修二が思っていた事を口に出す。
「あ、いえいえ。そんな事はありませんよ。凄い答えを出してくれましたから」
「えっ?」
一同が顔を見合わせた。
「つまり、血統固定とか、競翔鳩の交配とかはいかに人為的なものであろうが、その血の合致は、やって見なければ分からないと言う事ですよ。
紫竜号誕生は偶然の神のいたずらです。それをいかに説明せよと言われても無理な話ですから。つまり、鳩の羽色によって決定されるものでも無く、親鳩の性質がそのまま子孫に伝達されるものでもありません。ですから、競翔と言うのは奥が深いのです。」
「分かりました」
全員が頷いた。
「しかし、紫竜と
紫竜号の関連性?分からんなあ・・」
浦部は頭を捻って、腕を組んだ。
「あ、多分関係無いと思いますよ。俵さんが、提供された、民話の話に興味があったのでしょう。紫水晶とか紅水晶とか言われてましたからね」
「不思議な方だ・・」
佐野が言った。
「専門分野以外では、答えようもありませんから。ははは」
香月が再び鳩の話をし始めた。磯川は磯川で、川上氏と談笑中。それぞれのテーブルに話の花が咲いていた。
「で、浦ちゃんは、ミィニュエ号を作ろうとしてるのかな?」
香月が尋ねる。
「そんな大層な話じゃ無いんだけど、競翔を始めたのは、そう言う銘鳩に憧れていた事もあるし、この血統は面白いと思ってね」
「確かに。で?尾内松風系はどうして?」
「多分・・香月系に影響されたからかな・・体型美なんだ」
「ドルダン作エカイエ90号が居るよね、非常に延べ飛翔距離が長い鳩が多い。その辺かな?」
「隠せないね、ははは。その通り。自分好みって言うのかな。以前の旧血統では、もう伸びないって分かって、家庭の事情で一端鳩を中断を余儀なくされた時期に考えてたんだ」
「良いね。良く決心したと思う。以前の血統はどうしたの?」
「東神原連合会の学生競翔家達に殆ど分譲したよ。それに、香山連合会の山川鳩舎で今主流系が活躍している。選手鳩達も、もう年老いてて、殆どその頃は以前の鳩達も居なかったからね、ふんぎりはついたよ」
「香山連合会・・ああ・・花川さんの・・へえ・・」
「どうして・・花川さん、知ってるの?」
浦部が不思議そうな顔をして香月に訊ねると、
「有名じゃない、花川美里さんと言うピアニスト。2度程会った事があるんだ」
「奇遇だね・・その伯父さんに当たる人が、河原連合会の前会長なんだ」
「競翔界もそうして見ると、狭いよね。素晴らしい演奏家だよ」
「競翔家でもある・・あったと言うべきかな」
浦部が言うが、香月はそこへは言及しなかった。その場を他の者にも話を転じた。こう言う所がやはり香月らしい気遣いなのだ・・。
「そう。ところで、佐久間さんは、旧川上系を新川さんから譲り受けられたとか?」
「はい。でも、一緒に飼ってると言った方がええのかな。鳩舎は、新川家具工場にありますんで、自分が朝、昼、晩と管理してるんですわ。」
「成る程。急激に力をつけられた関西最強鳩舎と聞きました。韓さんはデルバール系ですね?」
「はい。どうにか、飛び筋の一群を中心に交配しております」
「研究熱心な方だと、お二人ともそう聞き及びます。関西の地は、難しいですよね、地磁気の関係がある」
「えっ・・それは初耳ですよ」
2人が同時に声を上げた。
「あ、それほど深刻な事ではありませんが、花崗岩とか磁気を持った岩石の多い山・・磁力線も影響はあるのです。それの因果関係は別として、方向感覚が優れた鳩が求められる地だと思う訳です」
詳しい論述はしなかったものの、佐久間、韓にとっては大きな言葉だった。
「佐野さん、Vロビンソン系を随分改良しましたね」
「ふふ。とても、香月系、白川系には及ばないけど」
「何を言ってるの、佐野君。昔以上の熱心さで、パソコンに入力しまくってるじゃないか」
芳川が笑った。
「ははは。」
香月も笑った。場が和んで行く。そこへ又磯川が。そして政春が戻って来た。
「香月博士、申し訳ありませんでした。とにかく、先生は変人で有名な方ですので」
修二が少しおかしいなと言うように、にやにや笑った。その通りだと思ったからだ。