白い雲3トップへ 次へ
「かなりの、資料を提供されたようですね?俵さん」
香月が言うと、
「あ、偶然の事です。私にはどう言う事なのか分かりませんでしたが、近々岡山の方で発掘調査をされるそうです。鳩の関係者の方ばかりの所へ関係の無い話を持ち込み、本当に申し訳ありませんでした」
「先程も言ってたのですが、脇坂博士は良い答えを残して下さいました。それは、交配なんてものはやって見ないと分からない、計算通りに行かないもんだ、だから競翔と言うのは面白いって言う事です」
「博士がそう言われるのですから、私等素人は血統について悩むのは当然だと言う事でしょうね」
「ははは。でも、俵さんは凄く研究熱心で、努力家のようですね。先程の香月暁号について、どのような質問でしたでしょうか?」
「素人なりの無鉄砲さで、言います。私の鳩舎に香月暁号系を導入したいと思っているのですが」
全員が政春の顔を見た。浦部さえも驚いた。
浦部が、この時香月に耳打ちをした。それは、清治少年の特殊な能力についてだった。
「ほう・・俵さん、その申し出ですが、実は、今晩の席上で発表しようと思ってたんですよ、貴方がここへ来られたのは、運命かも知れませんね。それは、そのお子さんがきっと競翔界に望まれている人なのかも知れません。はい、香月暁号系を分譲致します。いえ、是非使翔させて下さい。日本で、初めて行う研究が、香月暁号系統の日本での環境適応力です。」
「うお!」
全員が声を上げた。
「香月君、それは大変な騒ぎになるよ。世界が注目する超超距離系だから」
磯川が言うと、
「いえ、5年間の南米の使翔でしたが、大陸と島国の日本では気候風土や、地理条件が全く違います。この地での研究が一番ですから」
「すると、今後は香月系の主流が、暁号系となると言う事でしょうか?」
韓が尋ねた。
「いいえ、主流はスプリント号を中心とした、旧日下系群です。暁号系は、独自の系統として育てたいのです。皆さんに改良を加えていただきたい。ですが、出来るだけ色んな地域で、競翔を初めてされる方が望ましい。」
「それは、何故?」
磯川が聞く。
「可能性を開く為です。改良は先程も言いましたが、人為的にどうやろうと、方程式が導かれる訳ではありません。なら、私自身の力より、無数の方の力をお借りしたいからです」
「光栄です。有難う御座います」
政春が言うと、
「ですが、条件もあります。一年の間、私は日本各地で講演しながら、かねてより自分の夢であった。獣医師として移動ドクターとして動く事になります。俵さんの家にもお邪魔して、その地を良く観察したいのです」
「はい。勿論です」
「うわ・・すると、自分の鳩舎にも来てくれる訳だ。鳩小屋掃除しなきゃな」
浦部が言うと爆笑の渦になった。
その後、香月は、各テーブルを回り、浦部、政春もそれぞれの競翔家達と談笑しながら、最後に香月が中央で、こう言った。
「皆様、本日はお忙しい所を本当に有難う御座いました。私は、自分の夢であった、獣医師として、フリーな活動をしながら、これから各地を回ると思いますが、私の息子、昇星が白川系を。そして、芳川さんが、香月スプリント号系統を。それぞれ競翔させながら、大学でこれからも鳩博士として活動をして参りますが、ここにおいで下さった皆様に、ますますのご繁栄とご多幸をお祈り申し上げ、今晩の宴を終了させて頂きます。どうも有難う御座いました。」
凛々しい輝くような少年、昇星。5年間日本で夫を待っていた香織共々、拍手に包まれながら、川上氏も最後に挨拶を締めくくった。白川系は孫と一緒にこれから、日本鳩界発展の為に競翔させて行くと言う事と、香月系統が日本鳩界にいよいよ分譲の形となって、各地の強豪鳩舎と戦う事になる訳だ。磯川もはっきり宣言した、競翔に復帰する事を。関西から、磯川パイロン号系を引き取り、新たな交配をして、競翔参加する事を。
同じ帝国ホテルの一室に泊まった、浦部と政春だったが、政春の申し出にびっくりしましたと浦部が笑った。
「それがね・・浦部さん、清治が赤い目をした茶色の鳩が来るんだよって出かける前に言うんです」
「又、予知夢ですか」
「ええ、でも、私はその言葉を意識過剰で聞いていたのかも知れません」
「成る程、しかし、お子さんの予知夢はどうやら本物のようだ。又俵さんが、脇坂博士にご連絡した事と今回の偶然も、香月博士によれば、それも必然と言う事でしょう」
「あの短い会話の中で、脇坂博士は香月博士をどう感じ、香月博士もどう感じたのでしょうね?」
政春が言うと、
「香月博士は、一瞬で俵さん、貴方を見抜かれました。」
「底知れぬ方だ」
政春はそう言った。
「だから、香月暁号系を分譲しましょうと言われたんでしょうね、私も俵さんには、大きなものを感じますよ。脇坂博士と、俵さんは、考古学の教授、学生と言う立場だけですか?」
浦部が質問した。
「親父が今の小さな印刷会社をやってまして、当時の私は博士と一緒に全国を発掘調査で回っている毎日でした。その親父が倒れて、私も家内との結婚の事もあって、結局家業を継ぐ事になったのです」
「そうでしたか、親しい訳だ。世界的に有名な考古学者ですからね」
「香月博士の持つ雰囲気と言うか、包み込むような人間的大きさに感じ入りました。又近い内にお会い出来るのを楽しみにしてます」
「案外近そうですね。俵さん」
浦部はにこっとして、答えた。
各部屋でも、それぞれの話が進み、この帝国ホテルでの一夜を胸に彼等は、帰って行った。