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小さな競翔家 著作 じゅん
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本小説の無断転用を固くお断り申し上げます
「おじい!見て!あれ!」 「何じゃ・・?」 腰の曲がった骨と皮のように痩せ細った老人が、少年に手を引っ張られて空を見上げる。 「おう・・今年も来たか・・」 冬が近くなると、この山郷に飛来してくる渡り鳥であった。里山に雪が舞い落ちる季節・・・ 「さあ・・清治、もう家の中に入ろう、寒いじゃろう」 孫と古ぼけた萱拭きの家に入るのは、花房亀吉、80歳、孫清治、6歳であった。 「のう・・清治。春になったら、お前も小学校に通わなくてはいかん。町へ降りる準備をせにゃあならん」 「嫌じゃ、わしは、おじいとここに居る」 「清治・・わしは、もう80じゃ、畑仕事ももう出来んし、役場に頼もうと思っとる」 「町へ行くと、もうここへは戻れん、嫌じゃ、おじい・・わあん」 清治は激しく泣いた。 「清治、お前のお父うは、お前が2つの時に家を出たままじゃ。お前のお母あも2年前に死んでしもうた。わしでは、もうお前を育てられん。わしの子は、死んだ清治のお母あ一人じゃったし、わしにはもう頼る親戚とて無い。お前を引き取りたいと言う夫婦が居るんじゃ」 「嫌じゃ、嫌じゃあ!」 「聞き分けの無い事をゆうんじゃない。ここに住んでいても、学校も無い、友達も出来んのじゃ」 「わしのおじいは一人しか居らへん!」 清治は泣き止まなかった。不憫な孫を亀吉は抱きしめた。 「やっと・・年取って出来た一人娘が、この子を残して死んでしもうて。ばあさんも5年前に死んでしもうた。わしには、もう、どうしてやる事も出来ん・・・」 皺枯れた亀吉の目からは、止めど無く涙が溢れた・・。 やがて・・春を迎える前に、清治は、俵と言う町内で、印刷会社を営む、中年の夫婦に引き取られた。亀吉は、老人医療施設に入院となった。亀吉の申し出で、今後一切、清治とは面会せぬ・・それが条件であった。思えば、余命少ない亀吉の孫を思いやる悲壮な決意であったのだろう、老人の死を孫に見せないと言うその悲痛な思い・・俵家の子として育って行くその孫の将来の為に・なんと言う、悲しい決断・・涙ながらに俵夫婦はその気持を受け継いだ。 しかし、泣きじゃくりながら、亀吉と引き離された、幼い清治の心は深く傷つき、俵夫婦にはなかなか懐か無かった。夫婦は児童相談所、精神科医を何度も尋ねるが、 「急激な環境変化によるストレスです。時間を掛けてあせらず、ゆっくりと愛情を持って接してあげて下さい」 結婚以来20数年、ついに子宝には恵まれず、敦盛の役場の知人から養子の話があって、俵夫婦は決心したものの、 「これが、私達への試練なんだろうね、たった一人の身内から引き裂いてしまった罰なのだろうか・・」 俵政春は、妻弓子に深い嘆息と共に言った。 「いいえ、きっと心を開いて貰えるよう、あの子に親として、精一杯の愛情を注ぎましょう」 もう、小学校入学式まで、2ヶ月も無い頃であった。 亀吉の危篤の報を受けた俵夫婦は、慌てて精神科医に相談するが、 「強い精神的ショックは避けるべきです。会わせるのは、余りに子供さんにとっては大きな心の負担になるでしょう」 「しかし・・どうしたら・・」 俵夫婦は、途方に暮れながらも、亀吉の医療施設を2人だけで訪ねた。 幽冥境の亀吉は、その苦しい息の中、清治の将来を俵夫婦に何度も頼んで、事切れた・・。 孫を思う、祖父のその姿に深く心を打たれ、俵夫婦は、涙ながらに固く約束をした。 そして、再び、精神科医を訪れた。 「身近に、動物とか、植物でも良いのですが、お子さんが興味を示す物があれば・・」 俵夫婦は考えては見たものの、与えたおもちゃもお菓子も、清治の心を開くものでは無かった、これまでの事を思いながら、せめて神仏にでもお祈りを・・ふと立ち寄った神社であった。 「ピー―、ピー―」 泣くそのものは、巣立ち前の鳩の雛であった。ふと周りを見回し、どこから落ちたのかと探しては見たものの、分からず、このままには捨て置けないと、結局抱いて帰る事となった。 「鳩!」 初めて清治は、その鳩の雛に興味を示し、俵夫婦は安堵の表情を浮かべるに到った。 それから少しずつ、清治の心は開かれて行く事となる。 折りしも、それから数週間した春雷の鳴り響く晩の事・・。 「ゴト・・」 物音に政春は飛び起きた。そこには、しくしくと泣く清治が立っていた。 「どうした?清治」 「くすん、くすん・・・雷の鳴る日は、おじいが一緒に寝てくれた」 「さあ・・こっちへ早くおいで。寒かろう」 政春と弓子はしくしく泣く清治をを両側から抱くと、間も無く寝息を立てる清治だった。 「可哀相に・・甘える事も出来ずに今まで遠慮してたのね、こんな小さい子が」 弓子が涙を流しながら、清治の頭を撫でた。 「私達の子だ・・。清治は、私達の子だ」 政春は、その温もりをしっかり感じていた。 「行ってきます」 近所に住む、同じ年の田中礼二と一緒に登校する清治を見送りながら、俵夫婦は微笑んだ。 子鳩を飼って以来、急速に明るくなった清治に俵夫婦はやっと安心したのだった。 「休みに近所に住んでいる、浦部さんの所へ行って来るよ」 「どうするの?」 「鳩の飼い方も知らず、どうしたら良いのかも分からないから、色々聞いて来るよ。それに一羽だけと言うのも淋しい気がするしね」 「あの子が喜ぶなら」 弓子は賛成した。夫婦には、新たな活力が生まれた気がした。 浦部和史・・覚えて居られるだろうか、東神原連合会で、香月達と競翔をしていた、あの、浦部である。仕事の都合で、この町に引越し、今は結婚して一男一女の父である。現在39歳。既に、あの頃より17年経過していた。 この出会いが俵夫婦、叉清治少年に大きな影響を与えるのだった。 小さな競翔家、俵清治。この数奇な運命と、少年に秘められた大きな能力が明らかになって行く。 |