白い雲3トップへ 次へ
2004/11/24

「俵さん、道明寺君に説明してやって貰えますか?」
そう言って、浦部はにこっと笑った。浦部は政春にこの少々理論家で、自信家でもあるが、道明寺の事を良く話す事がある。浦部にとっては嫌いでは無い人物だった。
「私等・・競翔を始めて3年ばかりの人間に道明寺君のような強豪鳩舎の方に教える事なんて出来ませんけど・・道明寺君、赤坂峠なんですよ、問題は」
「ですから・・赤坂峠で、横風が吹くって話でしょ?だから不利なんだと」
「そうです。けど、それでしょうがないって思っていたら、この地区での上位入賞なんて有り得ませんよね」
「はは・・無論ですけど。でもそんな事は皆が思っている事で、思考錯誤を繰り返しながら、もう何十年とやって来てます。少なからず鳩舎のレベルも上がって、自分の所も言うのも何ですけど、格段に競翔レベルも上がったと思っています。地区では、強豪として名が通りました」
「それは充分に知ってます。ですから、その赤坂峠をどう克服するかなんですよ、道明寺君」
「克服・・って・・浦部さんのデータ通りだとして、風速20メートル近いその風を克服出来る訳が無いですよ。いずれにしても、赤坂峠を選ぶか、敦盛を選ぶかでしょう?その敦盛が磁場か、電磁場の発生する場所なら、どうしようも無いじゃないですか」
「そこ・・なんです。なら、その風に強い血統の鳩を・と言う発想は出来ませんか?」
「そんな・・多少風に強い血統の鳩が居て、自然の猛威の前には、たかが鳩です。その小さい体力にどれだけの違いがあるでしょう」
そこまで黙ってやりとりを聞いていた浦部だったが、
「うん・・その通りだよ、道明寺君。なら、その風をもっともっと研究する必要があるだろう」
「研究・・って?」
「そう・・我々は諦めては駄目なんだ。どんな事も必ず解決出来る道筋はある筈。嘗て海越えを先天的に嫌う血統の鳩が居て、それを克服する為に、訓練を重ね、血統的に勇敢で、方向判断力の優れた血筋を確立したように、幾らでも改良すべき点はある。今年から当河原連合会は、独自の400キロレースを行う事に決定したんだ」
「まだ、自分には理解不能です・・・それがどう繋がると言われるのでしょうか」
「簡単に答えを出しては、君にとっても決して良い結果にはならないと思う。なら、少しヒントを与えよう。君は、その赤坂峠から直線で約30キロ離れた久坂池をどう見るかだ。それが、判れば又ここへ来なさい。その前に少し、私の鳩をお見せしよう。君は私より、私の鳩舎の鳩に用があった筈だからね、今日は」
香月暁号系を見たいと言う本音を悟られて、道明寺は頭を掻いた。政春も少しにやっと笑った。
鳩舎の中の数羽を見て、道明寺は子供のように目をキラキラさせて居た。
「凄い・・この筋肉・・そして羽毛・・芸術品のような姿勢・・全てが圧倒的な格の違いを感じさせますね、香月暁号系は・・」
「ふふ・・。では、こちらの鳩はどうだ?」
浦部が道明寺に差し出した鳩は、見た目には、お世辞にも素晴らしいと言う印象は受けなかった。どちらかと言えば、平凡で、ぱっと見には見栄えがしない鳩だったが・・手にとった道明寺が、
「・・ん・・え・・この鳩はずっしりとして肩幅があって・・副翼・・これは見た事の無いような幅で・・・え・・主翼ってこんなに長いんですか・・へえ・・これはとても変わった鳩だ」
「その鳩が風神系だ。文字通り、風を切る・・風に負けない鳩なんだ」
「へえ・・この血統で、赤坂峠克服を?」
道明寺が言うと、浦部は軽く笑った。
「君が先程言ったじゃないか。どんなに素晴らしい鳩であろうと、それ程能力に差は無いとね。あるとしたら、それは、競翔界に於いて、古今東西2度と出現する事も無いだろう、紫竜号唯一羽のみ。不可能を可能にするのは・・ね」
道明寺は禅問答の挙句、結局この日は帰って行った。
「少しいじわるでしたかね、俵さん」
浦部が言うと、
「いえいえ・・鋭い視点の前途ある若者でした、道明寺君は。きっとヒントを次回は得てここへ又来るでしょう。しかし・・答えは我々にだって分からないんですから、全ては今春の結果です。まだまだ未知数ではありませんか?」
「そうですね・・あ・・それと別に俵さん、今年から貴方に副会長をお願いしたいんですがどうでしょうか?」
「浦部さん、私はまだ競翔を始めて3年目ですよ。多くのベテラン諸先輩を差し置いて滅相も無い」
政春は否定しようとしたが、
「いえ、競翔歴が短いとか長いなんて問題じゃありません。河原連合会にとっては、もう既に、俵さんは中心人物であり、誰よりも熱心で、人望も厚い。私の補助としてお願いしたいのです、どうか・・」
浦部が頭を下げるのを見て、政春も副会長を受けるに至った。
「まあ!貴方副会長を受けたの」
弓子が夕ご飯を卓袱台に運びながら言う。
「そうなんだよ。困ったよね」
「困る事は無いわ。清ちゃんと一緒の趣味を持って貴方もいきいきとしてるもの、ね、清ちゃん、お父さんが副会長って賛成よね?」
「うん!」
清治もにこにこと頷いた。
「はは・・そうか」
その時、
「シロ!」
シロの吼える声で清治が外へ飛び出した。来客が来たようだった。
「あ!香月博士!」
来客は何と予告も無かった香月であった。実際政春達に会うのは2年半ぶり事だった。